田舎暮らしの本 Web

  • 田舎暮らしの本 公式Facebookはこちら
  • 田舎暮らしの本 メールマガジン 登録はこちらから
  • 田舎暮らしの本 公式Instagramはこちら

最新号のご案内

田舎暮らしの本 7月号

6月3日(金)
850円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

山小屋経営に失敗して家族で渡英。老親介護で帰国し、今、高原で時を刻む【長野県軽井沢町】

28年の海外生活を経て軽井沢で悠々自適と聞くと、雲の上の世界の人と思うかもしれない。ところが当の松田さん夫妻によると、そうではないらしい。山も谷もある道のりを、軽やかに、前向きに切り開いてきた年月を振り返ってもらった。

松田久男(まつだ・ひさお)さん●1936年2月、東京生まれ。中央大学商学部卒業。白馬でスキーロッジを経営。その後イギリスに渡りシェフの資格を取得。イギリスの日系企業でゼネラルマネージャーとなる。

松田好子(まつだ・よしこ)さん●1937年1月、東京生まれ。15歳まで新潟で暮らす。東京に戻って九段高校を卒業。イギリスでアレクサンダー・テクニークのインストラクター資格、指圧協会の会員資格を取得した。

長野県軽井沢町(かるいざわまち)は、日本屈指の高原別荘地として名高い。東京駅から軽井沢駅まで北陸新幹線で1時間10分程度と通勤圏。4月の初旬の取材時、冠雪した浅間山(2568m)が見事だった。サクラの開花はGW前後と都心より1カ月ほど遅い。

緑のアーチを抜けた先に松田家がある。高原の空気を感じる静かな場所だ。

別荘地に立つ松田さん夫妻の家。南向きで冬でも日差しがたっぷり入る。菜園は家の東側だ。

 

雑草を抜かない妻と雑草を刈りたい夫

 軽井沢の中心部から離れた別荘地。雑木林の中に立つ松田さん夫妻の家を訪ねた。暖かくなると、菜園には雑草と作物が並んで生い茂る。

「雑草を抜いたりしないの。自然のままがいいから。それでも野菜は育つのよ」

 そう楽しげに語る松田好子さん。主婦業のかたわらアレクサンダー・テクニーク(心身の不必要な緊張を取り除く方法)のインストラクターであり、ベイツ・メソッド(目の緊張を和らげることで視力を回復させる手法)の指導もしている。

 その隣で、「僕はきちんと雑草を刈るほうがいいと思うんだ。でも、彼女はしないんだな」。お手上げといった様子で語るのは夫の久男さんだ。その眼差しはとても優しい。

 久男さんは1936年、好子さんは37年生まれ。出会ったのは、大学で催されたダンスのレッスンだった。好子さんはデパートで働き、久男さんは大学生。久男さんは学部を尋ねられると「山岳部」と答えるほどの山好きだった。新潟育ちの好子さんも山歩きは得意だ。2人は63年に結婚した。

2人で紅茶を飲みながらゆったり過ごすひととき。このところ好子さんは編み物に凝っている。

薪ストーブはデンマークのモルソー3440CB。炉内では直火調理が、ストーブトップでは煮込み料理などが得意。

 

頓挫したスキーロッジ。瓢箪から駒で大金が

 結婚当時、久男さんは自動車会社に勤務していた。そのころの久男さんの夢は「都会の人に山のよさを知ってもらって、実際に山を案内する仕事をすること」だった。

「都会と山の間を行ったり来たりしながら働くことを考えていたんだね」

 夢を実現すべく、久男さんは仕事を辞めて白馬でガイドセンターをつくったり、山岳愛好会を立ち上げたりした。そしてスキーロッジを開いたのである。

「銀行からお金を借りてね、白馬でロッジを始めたんだ。冬はいいんだよ。スキーのお客さんが来るから。だけど夏は赤字」

 久男さんは、今でも悔しそうだ。ところが、赤字に苦しんでいたそのときに、なんとロッジを買いたいという人が現れた。久男さんはスッパリとロッジを売却し、1つの夢が終わった。70 年代は地価が高騰していたのでロッジの売却代金は考えていたより大きく、借金を返しても手元にまとまったお金が残った。

アルバムを見ると思わず昔話に花が咲く。写真の整理は久男さんの担当だ。

 

123

この記事をシェアする

関連記事

この記事のタグ