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田舎暮らしの本 10月号

9月2日(金)
850円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

畑の神様/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(27)【千葉県八街市】

中村顕治

 今回のテーマは畑の神様である。このテーマで書こうという気持ちになったのは、たぶん、現在、メディアがこぞって取り上げていることに僕の心が触発されたのだろう。一人の青年の行き詰った人生によって発した凶行だったそれが、今は政治と宗教の関わりに視点が変わっている。しかし僕は、政治との関わりという点にはあまり関心が向かない。

 あの青年が犯した事件が大きく伝えられるまで、僕の記憶は全く絶たれていた。新聞・テレビの報道でもって、そうか、そういえば、あったなあ、霊感商法とか集団結婚とか。青年の事件はあれを背景としたものだったのか・・・。断片的に古い記憶がよみがえってきた。ここでひとつ、生意気なことを言うならば、生身の、普通の人間、それが神を名乗るのはおこがましいというのが僕の考えである。卑近な例で言えば、手相見も、風水も、姓名判断も、なんとか占いも、我が人生、暮らしのさまからは遥か遠い。何と表現すればよいか。それは、実態からかけ離れている。人間を含めた動物がなす手足の動き、流す汗、生きるために行う労働、ズシリとした筋肉の疲労感、さらに言うなら、しかるべき文学・哲学の読書経験、それらとはだいぶ隔たっている。極論すれば、観念の世界、人工の世界。僕という人間が科学的なのか、逆に非科学的なのか、わからないのだけれど、手のひらを見ただけで、少しばかりの言葉を交わしただけで、その人の過去や未来が読み取れるはずもない。

 僕の心は神や仏に遠い。それはたぶん、「儀礼」と合わない性格だからではないかと思う。初詣というものに行ったことがない。両親の墓に出向く時も、神妙に墓石に向かって手を合わせることが出来ず、さりげなく墓石のテッペンを指先で触る程度ですませてしまう。冷淡と言われるかもしれない。が、墓石の下にあるのは「ただの骨」である。僕が死者と接する、言葉を交わす、それは、何かをきっかけとして、ふと、日々の暮らしの中に生じた昔の記憶を反芻する時。あるいは灯りを消して夜の眠りにつく時。墓石の前ではない・・・。

 40代から50代にかけ、頻繁に足を向けたモスクワでは、同行の女性に従うかたちで何度も教会に入った。かの国の主流はロシア正教で、現在の状況はよくわからないが、僕が訪れたソ連崩壊から間もない頃には敬虔な信者が多かった。胸で十字を切りながら、膝を折り、キリストのイコンに接吻する。讃美歌の荘重さ、ステンドグラスの美麗さ。たしかに、神は存在する、そう思わせる舞台が整っていた。しかしあくまで舞台である。

 話が少し飛ぶが、バーチャルリアリティーとかいうものに興味がない。仮想空間でのゲームというものにはトンと関心がない。好んで読む本も、ドキュメンタリー、あるいは私小説と言われるものが主で、技法としては優れていても、完全フィクションには気持ちが向かない。ずいぶん狭小、夢のない精神であるが、「現実」以外にはどうしても心が向かないのだから仕方がない。困ったねえ、キミには暮らしの軸となるものはないのかい?  神や仏のような、生きる過程ですがりたくなるようなものはキミの人生には存在しないのかい?  そう問われたら・・・いや存在しますヨと返答する。人間の叡智でもって作り上げられた形体ある神仏ではないが、それに似たようなものは存在する。そう答える。上に掲げた真っ青な空。この下に掲げる日没前の空。こうした風景が僕にとっての神である。地球という星を存在させ、その星の上に夥しい数の、大きさ、色、かたち、活動の季節性・・・よくぞここまで取りそろえたものだと感嘆する多様な動植物を作り出せるのは・・・神でしかない。僕はそう考える。神が作りたもうたその自然界、そこで、食って、生きるため、日々働いている僕は、胸で十字は切らない。けれど、感謝の念は常に抱く。雲に、光に、風に、ときには叩きつけるような雨に向かってさえ。同時に、神の見えざる手によって創り出されたこの星を、汚し、傷つける人間の行為に異議を唱える。神への冒涜じゃないかと・・・。

(今回、独立した野菜だよりは割愛する。本文中の野菜に関する記述と写真を随時参考にされたい)。

 8月17日。雨を覚悟していたが、数日前と変わらない猛暑となった。1時間に1回くらい、スポーツドリンクか牛乳を飲みながら、ひたすら畑を這いまわる。風で傾いた大豆を立ててやり、収穫を兼ねてサツマイモのツル返しをやる。全身が汗にまみれ、その汗の上に泥がまぶされる。3時間ほどの仕事を終えた我が姿は老舗天ぷら屋の暖簾のごとし。卵をまぶし、パン粉をつけた揚げ物の風情である。通常、ランチで部屋に戻ったら、ズボンとシャツを脱ぎ、パンツひとつになって上半身を軽く水道で洗ってからランチとする。しかし、気温35度を超え、湿度85%を超えたら、さすがの「原始人」もランチが喉を通りにくい。もって、昨日の風呂の残り湯に浸かる。残り湯はかなり汚れているけれど、揚げ物風情となった我が体よりも残り湯の方がまだきれい。

 今日の新聞で僕の目に留まったのは、朝日の、集落全員で「墓じまい」という記事だった。京都府の農村地域で、地区住民全員が合同墓を建てたという。人口減少と高齢化で、ご先祖の墓守りをするのはだんだんに難しくなっているとはよく耳にすること。故郷を離れて都会に住み、遥か遠い実家の墓を守る人にとって余計にそれは難しく、負担になる。京都府の例は、一部に反対意見はあったが、最終的には合祀塔を造り、70軒の墓をひとつにまとめたのだという。

 あらためて僕は考えてみる。墓地、墓石とは何であろうかと。僕は毎朝、次に掲げた写真の墓地を通り抜けてランニングに向かう。ここに花が手向けられ、少しばかり明るい感じとなるのは盆や彼岸、年3回くらいだけ。あとは人影もなく静まり返り、盆に飾られた花もやがては枯れて、墓石はホコリをかぶる。供えられたばかりの美しい、色とりどりの花が茶色く変じ、なお花立の中に立ち続けているさまは、毎朝その前を通る僕の目に、ただもの悲しさとして伝わってくる。盆に帰郷し、花を供え、再び都会の暮らしに戻った人々は、たぶん、この寂しい風景を知らない。墓石の下に眠るご先祖様が子孫の足音を聞いて喜んだのは束の間のことだった。365日のうちの360日は、ただ悲哀に暮れる日々だろうか。寂しさをこらえるばかりの日々だろうか。それとも、たまにでも来てくれる人がいるのは喜ばしいことなのだろうか・・・。

 過疎化が進み、人口が減り、墓を守る人もいなくなる。この問題に重ね合わせ、僕の頭に浮かんで来るのは地方の鉄道だ。驚いたのは、100円の収入を得るために経費がなんと1万7000円余もかかる鉄道路線もあるのだという。地方の人口が減少し続けると社会生活が困難になる。それでもって、若い労働力は、若さゆえの憧れもあって都会に流れる。ますます田舎の人口は少なくなる。夜に灯される日本列島の明かりを、高い宇宙から写真に収めると、東京から福岡までの4大都市圏だけが光り輝き、他は暗い景色・・・想像するに、まことにそれは寂しい。我がふるさと祝島の人口も、とうとう300人を切ったと最近僕は知った。小中学生だけで500人いた時代からは信じられない数字である。しかし、かく言う僕も故郷を捨てた人間の一人だ。東京に憧れた男の一人だ。父と母、そして祖父母が眠る祝島の墓は、事業に成功した僕の弟が新たな広い土地の購入も含めて100万単位の金を投入して建てた。しかしそれにもどうやら終焉の時が近づいている。兄は83歳、姉は80歳で施設にいる、弟は71歳。先祖の墓を訪れる人は誰もいなくなる、その日はさほど遠くない。

 8月18日。朝食をすませた頃まではそこそこの天気だったのに、畑に出て間もなく土砂降りとなった。ひでえ雨だ、ひとまず家に戻ろうか・・・ということを僕はふだんしない。迷わず引き返す、ということが性に合わないこの男は、高い山に登ったらたぶん遭難するクチだ。急ぎ野球の帽子をかぶって視界だけを確保し、出荷用の野菜10種を収穫する。濡れた、冷えた、そろそろ限界というところで部屋に上がって、泥水のしたたるシャツやパンツを洗濯機に投げ込み、衣装替えをする。ああ、その時の心地よさときたら。天使になった気分。たかがパンツ。たかがTシャツ。されど、それは、泥水かぶって働いた者だけが、たぶん味わう、ささやかな幸福感だ。ここにも畑の神様はいる。

 そして午後2時、雨が止んだと思ったら、一気にピカピカの青空となり、先日来の蒸し暑さが復活した。雨のち晴れ。こうでなくては人生は。僕にとって、ドシャ降りの後のピカピカの光は畑の神様のひとつである。説明不要。とても分かりやすいところがいい、好きだ。苦難を通り抜けたところにもたらされる喜び、たとえ小なりとも。それが僕にとっての礼拝すべき神様ということになる。

 荷造りを終えて白菜の分割作業をやる。普通は育ちの良いものを1本残し、あとは間引き捨てる。あるいは、少し数を減らし、もっと大きくしてから分割する。でも、今日はダメもとで、この10ミリか15ミリを根気よく分割する作業にとりかかった。間引きして捨てたりせず、全員の命を救いたい。この場面では僕自身がどうやら神なのである。みすぼらしく、貧しいカミサマだけれど、その御心の根本は、命のビザの杉原千畝、あるいはシンドラーのリストのオスカー・シンドラー、それと変わりはない。ただし、相手が小さいがゆえに指先を動かして移し替える手間はだいぶ大きい。バンバンと間引き捨てるのならばあり得ない苦労、それをあえてする。2時間をかけて150本を分割・移植し終えた。最後、そっとそっと、指先を使って水をやり、日陰を選んでそのトレーを並べる。みんな、死ぬなよ、元気に育てよ。貧弱なカミサマは胸の内でそうつぶやいている。

 8月19日。すばらしい朝だ。屋上庭園に差し込む光が透き通った感じに見える。この爽やかさは昨日までよりも30%以上も低い湿度のせいだろう。暑くもなく、寒くもない。カラッとした空気、「天高く馬肥ゆる秋」、それまであと40日ほどであろうか。僕は思うのだ。今夏はちょっと例外かもしれないが、蒸し暑く寝苦しい夏は、秋の風をよりいっそう心地よく感じさせるためにあるのだと。厳しい寒さの冬は、早春の梅の花や、草木の芽吹きをよりいっそう味わい深くするためにあるのだと。すなわち、苦あっての楽、低く屈んだ後の背伸び・・・我が思想のベースだ。さわやかな秋空の下に干した布団にくるまって眠る、あの10月の夜はなんとも素晴らしい。ひそやかに、猛暑の夜に僕は感謝さえする。太陽の香りいっぱいの布団にくるまる今夜の喜びは、あの猛暑があったゆえなのだと。

 ランニングをすませ。部屋に上がる前、洗面器を手にしてミミズを捕まえる。梅雨時には難なく見つかるミミズが、猛暑・少雨の中では影を潜めた。それでもって「養殖」を思いついた。まず鶏糞を運ぶ。その上に人工芝をかぶせる。さらにその上に濡らした段ボールをかぶせる。こうするとミミズは繁殖する。

 さあ、おまえたにも朝ご飯だぜ。ウナギと一緒にエビが同居している。金魚と一緒に暮らすのはドジョウだ。朝食しながら嬉しそうに餌に飛びつく魚たちの姿を見るのは嬉しいものだ。14年半暮らしたふるさと祝島では、いつも目の前に海があった。人間の体内には「原始の海」が包み込まれていると言われるが、僕の場合は精神にも海が深く混入しているのかもしれない。海から遠い山村で暮らす現在の僕にとって、幅90センチの水槽、庭に置いてある3つのプール、それらが海の役割を果たしている。

 今日はコロナワクチンの4回目接種。午前の仕事を終えて公民館に向かう。会場入り口での僕の体温は36.4度。老齢者ばかりの長い列で、椅子に腰かけ本を読みながら自分の番を待つ。盆休みが明け、感染者が増加していると新聞・テレビは伝えている。ウイルスも人間同様、ともかく生き続けねばと懸命な努力をしている。ウイルスにとって、宿主となる人間や他の動物はどうしてもなくてはならないものだ。ないと自分が死ぬ。そこでふと思う。人間にとっての宿主、すなわち、生きてゆくうえでなくてはならないものとは何だろうか。光か、風か、水か、それともカネか、あるいは会社か・・・。

 帰宅して草取りに3時間奮闘した。上の写真でいうと、向かって左がビニールハウス。右が大豆やイチゴなどがある畑。いま僕が草と格闘しているのは、その両者の通路なのだ。ビニールハウスは6月以降、3回の強風でだいぶガタがきている。来月にはそれを分解し、左から右に1メートルほど移動する。すなわち、これまで通路だったところの草を取り、整地した位置にビニールハウスが移動して来るのだ。その草との格闘の中で、ふと思い出した。

緑は猛威をふるうのだ。だから人間は、自然をほどほどに受け入れつつ、適度に排除しながら暮らしてきた。 原研哉

 昨日の朝日「折々のことば」である。鷲田清一氏の解説はこうである。

草木は放っておくと奔放に繁茂し、落葉し、「荒ぶる姿」となる。それを刈り、掃いて押し返すも、刈りすぎず掃きすぎず、人為と自然が折り合う地点を探るのが日本の庭掃除だと、デザイナーは言う。「持続可能性」という「殺伐とした言葉」を口にする前に、人心に蓄えられたこの知恵と感受性の声を聴こうと。『低空飛行』から。

「持続可能性」という言葉はすっかり世間に定着したようだ。言葉は不思議なものだ。メディアが先導するかたちで万人の耳目に定着すると、かえって本来の意味、重みを失う。下手すると、軽い合言葉になってしまうという危うさもある。つまり、事実より先に言葉が独り歩きしてしまう。持続可能性もそのひとつであろうか。おそらく猛暑が原因であろう。草との戦いには慣れている僕も、今年はかなり押され気味だ。取っても取っても草は生えてくる。ヤブカラシとカナムグラは雑草軍の中では切り込み隊長の役目をする。背の低い草を引き連れ、果樹、倉庫の柱や壁、ソーラーパネルの架台、さらにはトマトやナスにも絡みつく。それを引きずり下ろす。カナムグラは素肌にさえ張り付き、そのギザギザはかなり痛いが、そんなことは構っていられない。こいつらを始末しないとこっちが息の根を止められてしまう。僕にとっての「持続可能性」、それにはふたつの意味がある。周囲の自然をうまく持続させること、そして、草と闘うための自分の体力をずっと持続させること。

 8月20日。爽快な光と風は1日限りだった。今日は再び蒸し暑く、小雨もまじる。起床時、左肩に痛みがあり、全身がズシリと重かった。左肩はワクチン接種の場所だ。全身の重さは、同じくワクチンのせいなのか、昨日の午前と午後、合わせて6時間に及ぶ草との闘いによるものなのか、しばし考えたが、労働によるものだとの結論にした。今日はもう、部屋で静かに横になっていなよ、おとうさん・・・。ガールフレンド「フネ」はそう僕にくぎを刺したのだが、ワクチン接種から帰宅したのは午後3時。部屋の中でじっとだなんて、とてもできやしない。それでビニールハウスわきの通路の草に挑んだのだった。

 いつもの荷造りを終え、昨日の草を袋に詰める作業にかかる。袋は、小柄な男なら二人は入れるサイズ。ここに押し込む。足で踏む。また押し込む。不思議と我が心がはずむ。この作業でもって、1メートルの幅、長さ10メートルの元通路がクリーンになる。袋に詰めた草には鶏糞と米ぬかを加える。今の高温と水分ならば、バクテリアの活動でもって分解が順調に進み、来月にはふかふかの土に仕上がる。それが我が心を高揚させる。新たに土を作り出す。百姓にとって必須のことであるのだが、同時にエンタテイメントでもあるわけ。

 あの、銃撃事件を起こした青年の母は、なんと億を超える献金をしていたのだという。それで破産したのだという。報道によると、日本人の献金は年間500億円にも達するらしい。素朴な疑問がある。神がカネを要求するなんておかしいぞ・・・。一応、神というものが存在するのだとして、それには敬虔な祈りと感謝の情を捧げるだけで十分なのではあるまいか。物欲、金銭欲を持つ神なんて、根本から矛盾するのではないか・・・。そんなことを考える僕だが、されど一方の我が人生で、タダ働きならぬタダ信仰はしていない。百姓の暮らしにおいて、献金という場面は皆無だが、我が神である光や風や水やバクテリアに対してはしかるべきものを感謝の念をもって差し出している。うまいものを食べさせてくれるんだもの。迷いを生じない精神を養ってくれるんだもの。土の再生産もしてくれるんだもの。そんな自然の神様に対して手間をおしむ、口ばかり達者なぐうたらであってはいけないよな。よって僕は捧げるのだ。献汗、献手間、献肉体疲労。タダで神のご加護にすがることはしないのだ。そんなところで、軽トラ一杯分にもなる草、それを袋に詰めながら頭に浮かんだのは昨日の「折々のことば」だった。

「無心で手を使うこと。何らかの方法で心を吐き出すこと。自分の悲しみを誰かと共有すること」。夏井いつきの元同僚。

中学の国語教師をしている頃、父を亡くし悲嘆に溺れそうになっている自分を見た年長の同僚が、親しい人の死を受け容れてゆく方法を教えてくれたと、俳人は言う。増殖する「負の感情を小さく千切っては一句一句に変換していく」俳句も、「複雑骨折」した心を右から左から支えるネジのようなものなのか。『瓢箪から人生』から。(鷲田清一氏の解説)。

 シチュエイションは全く違う。しかし僕も今、無心で手を使っている。小さく千切っている。この作業現場には先月までトウモロコシがあり、昨日取った草の中にその茎もまじる。1メートルに及ぶその茎をいくつかに千切り、袋に詰める。かつて我が人生にも、増殖する負の感情があった。上司のパワハラは精神の複雑骨折をもたらした。しかし僕は世間が言う「神」や「仏」にすがる、救いを求めるということはしなかった。「逃げ」という要素もいくらかはあったろうが、負の感情にまみれていた40歳前後の僕にとって、マラソンと読書と田舎暮らしこそが、深い信仰を捧げ、すがる、確かなカミサマだった。

 8月21日。今日は光が少ない。猛暑の時より気温は5度くらい低い。だが蒸し暑さと肌の不快感は変わらない。荷造りの前と後の時間を利用し、人参をまく準備をする。人参はすでに3回まいた。でも、タイミングの悪いことに、まいた直後に台風と大雨に襲われ、3回のうち2回は発芽皆無だった。人参の種は好光性と言われる。だから、あまり土を深くかけないのが良い。激しい雨は種を叩きつけ、周辺の土を押し流す。結果、人参の種は深く埋もれてしまい、まるで発芽しなくなる。次の写真はそんな雨の被害を免れたラッキーなやつだ。

 これから種をまこうという場所にはイチゴがあった。それが猛烈な草に覆われ、ほぼ枯れた。他の場所では草に覆われても平気なイチゴもあるのだが、その違いは何なのか、僕にもよくわからない。ともあれ、まず大量の草を撤去。続いて、頭は枯れたが根は深く土の下に残っているイチゴを丹念に拾い出す。最後は、膝をついて、土の中にまぎれている小さな草をつまみ出す。時間を要する、苦労もするが、人参は重宝な野菜である。今まいて収穫開始は晩秋。そのまま越冬させて2月頃まで収穫が続く。ただし、3月になると冬の間に枯れた葉の後に新しい葉が伸びてくる。その葉のために人参本体はエネルギーを使う。痩せてしまい、食味も落ちる。

 面白いと言っては失礼かもしれないが、ちょっと面白い人生相談を読んだ。50代の女性。一日中ストレスにさらされ、就寝前にアルコールを摂取するようになり、過食が止まらないのだという。

食パン1斤、ご飯を茶碗に2杯、お菓子1袋など、手当たり次第に口にしてしまいます。当然、体重も増えています。もったいないので吐くことはできません、運動も適度に行っているつもりで、これ以上はできません。

 僕は過食、過飲という経験がない。職場などでのストレスから酒量が増え、やがてアルコール依存症になったという男性の話をよく耳にするが、飲まない日はないという僕なのに、辛さを忘れるために酒を飲むということがまるでなかった。この女性の1日中さらされているストレスというのはどんなものなのだろうか。そのストレスからやたら飲む、やたら食べる・・・ひょっとしたら、この女性にとって、酒やお菓子や食パン一斤がカミサマの役目をしているのか。そこに救いを求めているのか。ひしひしと迫って来るウツの感情。逃げ場のない暗い気持ち。それは空間が狭いからではないかという気が、僕はする。何か問題を抱えている人が、六畳か八畳の部屋に閉じこもり、今の自分に生じている問題を考え続ける、悩み通す。心の中のその悩み感情のエネルギーは、いったん部屋の壁に当たり、跳ね返り、当人の心にまた戻ってしまう。際限がない。ゆえに、悩み感情がそのまま遠くに拡散してゆく広い環境に頻繁に足を運ぶのが良いように僕は思う。広い環境には人間がいないほうが良いかも。虫がいて鳥がいて、木々の葉が揺れて、真っ青な空に白い雲が浮かぶ。それで充分かも。自分の行き詰った人生を、救いを求めてすがろうとしたのが神仏ではなく田舎暮らしだった。そんな僕は正解だったと確信する。献金の必要はない。汗と手間と少しばかり激しい労働をお供えすれば、畑の神様は立派なご加護を与えてくださる。

 8月23日。雨と晴れが反復する定まらぬ天気の1日であった。ランニングに向かおうとして目にしたのが次の写真。左右は開放してあるビニールハウスでチャボたちが砂浴びをしている。植えてあるのはオクラ。そのオクラを植えた直後はチャボたちの砂浴びで苗が押し倒されたりしたが、今はもう心配ない。ここには大量にもみ殻が入れてある。それがほどよく肌に心地よいのであろう、チャボたちは好んでここを砂浴びの場所とする。思えば彼らの「人生」はシンプルである。朝の砂浴びを終えたら食べ物の探索に向かう。喉が渇いたらいったん戻り、僕が用意した冷たい牛乳に舌鼓を打つ。そして交尾する。メスは抱卵から通算して60日を育児に費やし、生まれたヒヨコは父や母と同じ行動をし、命の連鎖は途切れることなくずっと続く。チャボたちは何かに祈るということはあるだろうか。尋ねたことがないのでわからない。いや、たぶん悩みそのものがないのだろうと思う。日々、同じことの繰り返し。その単調な「人生」に飽きるということも、どうやらなさそうに見える。

 ポットまきした芽キャベツとブロッコリーの青虫退治にしばし励む。種をまいてから1か月余り。強い光に長い時間当たらないようにしてやる。水切れにならぬよう気配りしてやる。それも手間だが、いちばんの問題は青虫である。大きな青虫なら通りすがりにでもすぐ目に留まる。だが、この苗につく青虫は2ミリほど。よほど目を近づけないと葉っぱと判別がつかない。茎や葉の裏側にいることも多い。ゆえに、ひとつずつ、手探りしながらの青虫退治なのである。もう少し大きくなったら畑に移そうと思う。そのために、収穫終了時期に近づいたカボチャのツルを連日片付けている。

 夜のニュースで、問題となっている宗教団体のもと信者だった若い女性の体験談を聞いた。母親の入信に始まる、いわゆる信者二世。驚いたのは、彼女が稼いだバイト代を、母親はみな取り上げて献金に回したのだという。不思議としか言いようがない。我が子よりも神の方が大事なのか。この母親のような人は、孤独感が強いのか。他者との連帯を求める気持ちが強いのか。なだいなだ氏のこの言葉が少しヒントになる。

人間が二人集まります。力は倍になります。しかし、責任は半分になったと感じるのです。

強制収容所では人を番号で呼ぶ。動物を食する時は「肉を食べる」と言う。こういう「抽象化」によって人は自らの残虐性に鈍感になると、作家・精神科医は言う。組織の中に入るというのも同様で、人は個人としては消え、役割になる。そして個人の肉体に内蔵された攻撃と抑制のスウィッチのうち、後者がきちんと働かなくなる。『人間、この非人間的なもの』から。(鷲田清一氏の解説)

 僕は百姓としての暮らしがかなりの負荷となっていることを常々自覚する。背骨は曲がり、腰の痛みは慢性的にある。それでも、ああ、イヤんなったとは全く思わず、仕事を楽しんでいる。組織が体質に合わない僕にとって、単独行動の出来る百姓人生は自分にピッタリだと思うからだ。背中の曲がりや腰痛は、レストランで大いに満足した食事に支払うチップみたいなものである。

 8月24日。ここ数日、大豆の葉をちぎり捨てる作業を続けている。花がほぼ咲きそろった今、ほったらかしにはしておけないのだ。大豆の葉は大きい。茂るままにしておくと風通しが悪く、花に光も当たらず、不熟果が多くなる。それでちぎり捨てる。おおむね1株について15枚くらいの葉。なんせ700株もあるから、指先の皮膚への負担はかなりで、指紋さえ消えるほど。拇印を押せと言われて朱肉を出されても、たぶん僕の指先は今、その役目を果たさない。

 葉を取り払ったのがこの上の写真。じき新しい葉が生えてくるので、取りすぎを心配することはない。大豆は風で傾きやすい。葉を取ると同時に傾いている株は直立させてやる。地面に接した莢は傷むからである。前にも書いたが、10月半ばにはエダマメとして食べられる。12月まで経過したものは大豆になる。収穫作業は厄介で、大いに場所も取るが、栄養価といい、料理の多様性といい、大豆は優れている。今年は粉砕機にかけて黄な粉を作ってみようかと思っている。

 仕上がった荷物を積んでクロネコに向かい、その足で市役所に行った。マイナンバーカードはすでに持っているのだが、それを健康保険証や銀行口座と連結すると15000のポイントがもらえると聞いた。スマホやパソコンを上手に使いこなせる人は簡単に自分でやれるらしい。「原始人」の僕はハードな肉体労働は出来ても、デジタル操作はまるでダメ。そうしたアナログ人間に対し、市役所では代行の窓口が設置されているらしいのだ。窓口の女性は明るく、さわやか、親切だった。待ち時間は長く、本を読みながら順番を待ったが、手続きそのものは15分で終わった。数日したら、僕が指定したスーパーのカードに振り込まれるらしい。それで肉、魚、ワインを買おうと思う。

 週刊朝日の最新号に「健康年齢55歳」という大村崑さんの記事があるらしい。新聞の広告を見ただけなので記事の詳細はわからないが、なんと90歳、毎日筋トレを欠かさないのだという。実は僕は、何日か前、新聞の(あとで知ったが)全面広告に大村崑さんの大きな笑顔の写真があるのを見て不思議に思った。まことに失礼な話だが、大村さんはもう亡くなっていると思っていたのだ。ところがどっこい、90歳で元気ハツラツ。すばらしい。やれば出来るものなんだなあ・・・。ということで、筋肉のことを書いてみる気になった。空、雲、光、風、水。そんな僕にとっての畑の神様、これらにも劣らぬ偉大なもうひとつのカミサマ、それが全身の筋肉だからである。僕は耕作機械がゼロ。すべて手作業でやる。それを可能とするのは筋肉である。それなしでは我が百姓暮らしは成立しない。筋肉を必要とするのは鍬やスコップでの地上作業だけではない。高い木に登ったり、斜面に生えた雑木を切ったり、屋根修理で登ったりするとき、足場が不安定なことが多く、太い枝に大きく開いた両脚を乗せ、左手で近くの枝をつかみ、右手でノコギリを使う、もしくは土嚢を引き上げる、そうしたことを僕は日常的にやる。その時に必須となるのが筋力である。踏ん張る足、つかむ腕、そして全身の支えとなる腹筋、それらが強いバランスを保持していないといけない。こうした労働とは別に、豊かな筋肉は蓄熱に優れて冷えから遠ざける。蓄水性にも優れ、熱中症にもなりにくい。まさしく人間の暮らしすべてに大いに役立つ、カミサマなのである。

 激しい運動をすると筋肉はいったん壊れる。筋肉痛として表面化する。しかしやがて壊れた細胞は新しいものに入れ替わるが、次に負荷がかかる場合に備え筋肉はみずから太くなろうとする。この性質は「超回復」と呼ばれるらしい。また無意識の歩行速度が速い人ほど長生きするという研究があるという。歩く速さは筋肉の量と関係するためだ。さすれば、人生、どうせすがるなら、得体の知れない神よりも、自分の筋肉にすがって生きるほうが理にかなっているかもしれない。こここにおいても、されど献金は不要なのだ。ひたすら走る、歩く、重い物を持ち上げる、運ぶ。それでよし。すなわち、健康長寿を願ってお供えするもの、それは献金ならぬ「献筋」かもしれないのである。アナタも今日から筋トレを是非とも・・・。

 8月25日。8月も残り少なくなった。今日で今回の原稿を仕上げたいと思う。25日と聞いて僕の頭にいつも浮かぶのは、ああ、昔の給料日だったなあ・・・この記憶はたぶん、常に待ち焦がれていたからだろう。今と違い、月末、手元に現金がない、小遣いが足りない、それでカードを使って一時的に借り入れするということが不可能だった。ゆえに、あと3日、あと2日、カウントダウンしながら待っていたのである。今日は朝食をすませてすぐ、苗が並べてある現場に向かった。みんな元気でよかったなあ。今朝は強い光なく、気温も30度を切る。小さな苗たちには快適な朝だろう。昨日は大変だった。突然の雨。それも尋常ではなくマシンガンみたいな激しく大粒の雨が降った。大豆の葉をちぎっていた僕は走った、上の写真の苗トレーが並べてある現場に突進した。大きいものでも10センチに満たず、小さいものは3センチ。それがマシンガンみたいな雨に叩かれたらすべてダメになる。倉庫に運び込もう。小さい苗から先に。2か所に分けてあるトレーの総数は16。たかだか20分ほどの作業だったが全身滝に打たれたような姿となった。

「畑の神様」。このテーマの最後に触れておきたいのはソーラー発電と焚火である。さすが、連日の猛暑の中では焚火が出来なかった。しかし、秋から冬にかけて僕は頻繁に焚火をする。実効としては、剪定してあちこち散乱している果樹の枝がきれいに片付く。それが燃えて出来た灰は土壌改良に役立つ。これらとは別に、燃え上がる炎はそこに佇む者の精神を鎮静、浄化してくれる作用がある。現実の宗教にも火が登場する場面があるが、朝のうちに点火しておいた焚火の現場に、畑仕事を終えて向かい、夕闇の中でその金色の炎に視線を落とし、顔や腕に熱を感じ取る時、僕はかすか、畑の神様に近づいたような気持になる。都市生活において火は遠いもの。たとえ庭に落ちてたまった木の葉を燃やすとしても、せいぜい台所の大鍋に収まる体積であろう。この点において、自分の身長にも及ぶ高さまで立ち昇る炎に対面できる百姓は幸せである。晩秋、初冬ならば、頭上に月が輝き、星がまたたくこともある。畑の神様の存在をすぐ間近に感じるのも不思議ではないのである。暗くて、姿の見えないそのカミサマの声が、どこからか聞こえて来る、今日もよく働いたな、頑張ったな。さあ、そろそろ風呂に入って、ゆっくりワインでも飲みな・・・僕に囁いている。

 すでに「光」は、青い空や雲とともに自分にとってのカミサマなのだと書いた。その同じ光の作用だが、ソーラーパネルを経由して発電してくれる太陽光発電のシステムも僕にとってはカミサマである。なんといっても、この、豊かならぬふところ具合の百姓にとって、その実益が手を合わせたくなるくらい有り難い。梅雨明けが早く、晴天・猛暑が続いた7月の電気代は480円、ほぼ基本料金のみですんだ。ガス料金は3800円で、これも昨今値上げが続く光熱費として考えたらかなりの安さだった。現在の僕は、風呂以外にはガスを使わないのだ。煮物、揚げ物、パン焼き、湯沸かし、珈琲、すべてを電気、つまり太陽光発電で行う。先日、この田舎暮らしの本WEB版を読んでいますと言って、近くSDGsの番組を企画していますと言って下見に来たNHKのスタッフは、我が居室にズラッと並んだ鍋、ポット、レンジを見て、「わあっ、オール電化ですね」と、やや大げさとも思える称賛の言葉を口にしたものだ。太陽光発電は電気代を安くしてくれるだけではない。今月半ばの台風では市内で停電が発生した。僕はその停電そのものを知らず、いつものように生活した。地震・台風に負けず常に維持される電気。だから太陽光発電も僕にとってはカミサマなのである。

 田舎暮らし。そこには必ず神様がいらっしゃる。最後にそう書いておこう。手間と力を惜しまず働く。汗を流す。他人を羨まず、いつも前を見て進む。そのような人間に、畑の神様は、十分な食べ物と、ゆるやかな精神、ひそやかな喜びをほどこして下さる。献金せよ、壺を買え、教典を買えなどとは言わず、晴れた日も、雨の日も、高い木立の陰で静かに、じっと見ていて下さる。アナタも、いつか、田舎暮らしを始めたなら、間違いなくそんな畑の神様に会うことが出来ますよ、ご加護がいただけますよ・・・僕は読者にこう伝えておこう。

 

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中村顕治(なかむら・けんじ)

1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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