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田舎暮らしの本 10月号

9月2日(金)
850円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

気力・活力・体力/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(28)【千葉県八街市】

中村顕治

 今回は気力・活力・体力について書いてみようと思う。言葉としては3つだが、これらは密接に連関し、ひとつの円として回転している。気力はあるが活力はない、あるいは、活力はないが体力はある、そういったことはたぶんないだろうと僕は考えている。気力があれば活力を生み、活力があれば体力養成につながる。そして、養成されたその体力(筋力・心肺能力)は気力と活力に効果を及ぼし、それがさらなる体力増強に寄与する。すなわち円形の好循環である。

 僕は75歳と9か月。今年から「後期高齢者医療被保険者証」なるものを受け取る身となった。もしかしたら、そんな人間が、気力・活力・体力などという題目を掲げて論じようというのは、ちょっとおこがましいことかな、という気がしないでもない。ないが、論じる資格はあるかもしれないとも考える。あとで詳しい話が出てくるが、道路沿いにある2つのビニールハウスを連結して1つにすることを思いついた。使用するビニールは長さ14メートル。少し長さに余裕があるので拡張しようと考えた。拡張面積は畳3枚分。たったそれだけ? しかし難工事なのだ。そこはもと竹林。竹の根だけではなく太い木の根も縦横に這っている。それをノコギリとスコップで排除する。しかし、どうにも手ごわいヤツに遭遇する。太いし固い。スコップ、ノコギリではどうしてもダメ。そこで登場するのが上の写真の道具だ。柄も含めて全て鉄製で、重さは7・8キロ。こいつを何度も振り下ろせばたいていの根っ子は粉砕できる。ただし、振り上げるだけでも容易じゃない。まして、5回、10回と目標めがけて振り下ろすには腕の力、腰の力、それに心肺機能までが要求される。この日、僕はランチを挟んで8時間余、この土方仕事をやった。もちろん大きな疲労感が翌日には残るのだが、ともかく、九時五時の会社勤めならば出社から退社時刻までずっと肉体労働をやっている計算だ。そして僕は、このハードワークが出来たという満足感のみならず、「今日の作業はオレの体力増強に一役買ったぞ・・・」というポジティブ思考も伴う。ということで、田舎暮らし通算43年で、僕は体調不良で病院に行くという経験がゼロなのである。もって、気力・活力・体力に少しばかり蘊蓄を傾けても・・・まあいいかな。そんな気がしているのである。

(今回も野菜だよりはお休み。本論中の記述を随時参考にされたい)。

 9月1日。よくぞここまで、そう感心するくらいめまぐるしく変化する空模様だった。起きた時は晴天。それが曇天となり、やがて大きな音を立てて雨が落ちてくる。干しておいた洗濯物と毛布を、草取りの現場から疾走して取り込むと、チキショーメ、じき、雨が上がる。そんな9月の始まりであった。この日、メディアが毎年いっせいに伝えるのは関東大震災にちなむ防災の日の行事のこと。そして、新聞の記事にも、折り込み広告にも、防災グッズなるものがズラッと並んでいる。携帯トイレ、非常食、ライトやサイレンがついたラジオ・・・。首都直下の地震が発生したらどうなるのか。僕には想像もつかない。

 先週、久しぶりに屋根に登った。10日前の大雨で雨漏りが生じたのだ。3か所のうち1か所はパソコンデスクの真上で、したたる水を受ける鍋やバケツを真っ暗な庭から集めて来るのにあたふたした。今回は、冬にビニールハウスの夜の冷え込みを防止する厚手のシートを流用する。8×10メートルを2枚。まずは命綱を張って身の安全を図り、じわじわとそのシートを広げ、土嚢を運び上げて乗せ、ロープで押さえ、半日を費やした。よっし、これで少なくとも3年、うまくすれば5年はOKだな。かなり丈夫なシートだが、光に当たり続けると劣化する。でも、これまで雨漏り防止に使ってきたシートの中では今日のシートは最強である。築41年の我が家。骨組みはしっかりしている。室内や廊下の壁部分には畳サイズの合板を自分で打ち付けた。耐震性はかなり高いと思う。唯一の弱点が千葉東方沖地震でやられた屋根瓦なのだ。地震直後、何社も訪れた屋根業者はいずれも200万円前後の費用を提示した。高すぎる・・・自分でやってみよう。ガタガタになった瓦を直し、セメントを流し込む。しかし、一度すべてがズレた屋根瓦を素人が手作業で元に戻すのは無理なことであるらしい。以後、数年に一度、シートを乗せてなんとか雨漏りを防いできたのである。

 屋根作業を終えて、しばし、眼下の畑を見下ろす。ふだん、ほぼ水平の位置からでしか見ない畑を高い位置から眺めるのは新鮮で、心地よい。ふだんの自分の作業の細かいところを文字通りに俯瞰する。ちょっとした快感だ。雨漏りがもたらした偶然の産物である。

 午後からは、昨日8時間をかけて面積の拡張作業を終えたビニールハウスの補強作業にとりかかった。高さも幅も違う2つのハウスを合体させる。かなり強引な仕事だ。1年前に完成させた2つのハウスは数回に及ぶ強風でズタズタになっていた。改修せねば・・・そう思った瞬間、僕の頭に浮かんだのは合体だった。このアイデアが浮かんだ瞬間、ただちに長さ14メートルと21メートルのビニールを発注した。いつもこうである。新たなことを思いついた時、決まって僕の胸はときめく。よしやろう。細かな設計なぞ全くなしに実行に移す。思慮浅薄、無計画性。でもなんとかなるものさ。あんまり細かく考えず、「まず、やってみなはれ・・・」松下幸之助氏のあの言葉を僕は自分に都合よく解釈して、実行しているのである。思いついたらすぐやる。ダメなこともあるが、成功率6割はそう悪くはなかろう。

 拡張のため、新たなパイプを30本くらい足す必要がある。やはり強風で傷んだ別な場所のハウスから必要なパイプを運んで来るのだが、どれも地面に差し込んだ部分が強風で大きく曲がっている。その矯正はどうするか。太い木の股になっている枝に差し込み曲がりを正すのだ。新たに足したパイプは元からあったパイプとロープを使って連結する。ちょうどそのころだった。不安定だった空模様が安定し、強烈な光が差してきた。ビニールハウスの中は50度に近い。いいぞ、なかなかの暑さだぜ・・・そこで思い出したのが朝日新聞「人生の贈りもの」。主人公はファッションデザイナー・島田順子さん。ファッションには縁遠い僕だが、「自分を見つめる 白髪は染めない」という見出しに引かれたのだ。島田さんはこう語る。

白髪は染めるとまた白いのが出てきて気になるでしょ。清潔感が大事なので髪はよく洗って、そのままクルクルッと巻き上げてピンで止めて終わり。シミやしわもあまり気にしないのは、太陽を浴びる方が私には大切だから。時はどんどん経っていく。木や花を見ているとわかるの。時にはかなわない。でも、この白髪もシミもそう簡単に手に入れたわけじゃないのだから・・。 

 これを読んで僕は嬉しかったね。あっ、自分と同じ考えの方だ。シミもしわも気にしない。太陽を浴びる方が大切だから・・・こんな言葉を発する人には初めて出会った気がする。新聞にはシミ、しわ、たるみを解消すると謳う化粧品やサプリメントの広告が途切れることはない。男でも紫外線を気にして日傘を差し、シミ対策のクリームを顔に塗るらしい。へっ、そんなことして何になる・・・へそ曲がりの男、太陽光が大好きなこの百姓はちょっとばかり悪態をつくのである。そうでしょ。シミ、しわをうまく取れたとしても、活力・体力の欠けた人生じゃあ本末転倒ではないか。その証拠に、膝や肩や腰を押さえてイテテと悲鳴を上げて、ならばこれを飲みなさい、これを貼りなさいと呼び掛けるCMがいっぱいテレビに登場するじゃないの。太陽を友としようよ。食事に気を配り、戸外で大いに体を動かそうよ。そうすれば、気力・活力・体力の円形循環を手に入れることが出来る。シミもしわも、長い人生においてはどうでもよろしい細部である・・・と僕は思うのだ。

 9月2日。昨日から一転。朝から雨だ。気温は26度。午前中はヤブの草刈りをやり、午後からはハウスの整備。体を動かしても汗は全く出ない。ハウス整備はまとまった雨が降るのを待っていた。高さも幅も違う2つのハウスをありあわせの材料でもって無理矢理に連結したゆえ、天井部分には凸凹がある。昨日の作業でかなり入念にやったつもりだが、わずかな凹みでも大量の雨が降るとジワジワとビニールが下がり、大きな水たまりになるのだ。小さな水たまりは3か所見つかった。そこを新たなパイプを使って持ち上げる。それに伴い、細かな調整作業がどんどん発生する。

 着ているセーターから水が滴り始めた。体が冷えてきた。部屋に戻ってパンツまで着換えて、熱いお茶とケーキで活力を養い、再び現場に向かう。最も苦労するのは天井部分をパッカーで留める作業。脚立に乗って、身を乗り出しながらやるのだが、脚立の足部分は平坦ではないので体がぐらつく。脚立の移動は20回くらいだったか。留めたパッカーは100を下らない。雨は降り続くが、意気軒高。自分のイメージ通りにモノが仕上がっていくというのは毎度気分がいいものだ。

 午後5時半、太陽光発電につないでハウス内に明かりを灯す。現在、このハウスにはピーマンとミニトマトとオクラがあるが、ミニトマトはほぼ収穫終了となっている。明かりを頼りにそれを片付けよう。片付け終わったスペースにテーブルと椅子を運び込む。友人デボンがアメリカに帰国する前くれたLEDランプと鉢植えの花をテーブルに置いてみる。ウン、まあまあじゃないの。じつを言うと、2つのハウスを合体しようというアイデアが浮かんだ時、このテーブル設置が頭の隅にあったのだ。今はまだ暑苦しいが、晩秋、初冬となればハウス内は心地よい環境だ。ここでランチを食べてもよい。3時の休憩で珈琲を飲んでもいい。そんなこんなを考えていると我が活力は沸いてくるのである。明日に向かっての気力が増すのである。

 9月3日。今日は、気力・活力・体力、その源泉となるものは、日々の暮らしを「幼稚に」楽しむことである・・・そんな話を書こうと思う。その前に、今日はどんな1日であったか。午前中は曇り空。またさえない1日になるのかなあと思っていたが、昼前に薄陽が差してきた。よっしゃあ。スコップを手にして畑に向かう。今シーズン最初のヤマイモ掘りである。体力を要する作業である。例えば50センチのヤマイモを無傷で掘り出そうとしたら直径50センチ、深さ60センチの穴を掘らねばならない。

 無傷で掘り上げられたらうれしいが、50センチ程度だろうと判断した目測と違い、くの字に曲がって、じつは70センチもあったという場合には途中で折れてしまう。地中に残ったイモの長さは切り口の大きさでわかる。もったいない。逃してなるものか。さらに深く掘り進む。1本を掘り出すのに20分かかることもある。一気に深く掘りたい時は立ち姿勢でスコップを足で踏み込む。細かく、じわじわと掘る場面では膝をつく。1本を掘り上げると保育園児ならすっぽり体が埋まるくらいの穴が出来上がるが、僕は毎回その穴に、周囲に生えている草をかき集めて投げ込み、上から土をかけることにしている。

 この下の写真が1時間かけて掘り上げた4本のヤマイモ。僕が手にしているのが親イモ。やせ細り、シワだらけ。その手前にあるのが子ども。長男と呼ぼう。そして、長男と並んで、ずっと小柄な次男、三男の姿が見える。晩秋まで待てば長男に劣らぬサイズまで育つが、ここはもう仕方がない。今夜のビールのつまみとする。親と子・・・ヤマイモ収穫の作業をするたび、僕は親の愛を感じる。自分はシワシワとなりながらも、土の下で懸命に親イモは我が子を育てているのである。ヤマイモといえば、普通はすりおろして食べるのが定番だろう。それもいいが、僕はお客さんにはオリーブオイルでソテーにしてくださいとすすめている。すこぶる美味なのだ。僕のすすめに従い、ソテーにして食べた人は決まって美味しかったですと連絡をくれる。百姓にとっていちばん嬉しい場面だ。今回も喜んでもらいたいなあ。その一念でもって1時間に及ぶ穴掘り作業に奮闘するわけ。まさしく体力勝負なのである。

 今日は発送荷物が2つあり、このヤマイモをはじめとして、トマト、サツマイモ、ピーマン、ゴーヤ、ナス、長ネギ、ブルーベリー、カボチャ、ミョウガ、卵と、大いに時間を要した。その荷造り作業に奮闘していた午後2時、上空でブンブンという派手な音がした。見上げるとミツバチだった。ええっ、もう9月だぞ。ミツバチの分蜂は春の初めから遅くとも8月までと言われている。僕は春先、6つの巣箱を用意してチャンスをうかがっていた。しかし全くの無反応。今年はもうダメだ、あきらめかけているところでの派手な羽音だった。よし、やろう。荷造りを中断し、捕獲の態勢に入った。

 まずは全身の防備から。どこまで科学的根拠があるのか知らないが、蜂に何度も刺されるとショック症状を起こしやすいと言われる。これまでスズメバチに3回、足長バチには5回くらい刺されているので用心してかかる。Tシャツの上からトレーニングウェアーを着て、毛糸の帽子、マフラー、マスク、手袋。養蜂家が身に着ける防護服があるのは知っているが、なあに、暑苦しいが、これでも代用可能だろう。ただし困ったことがひとつある。分蜂したミツバチは入居場所が定まるまで木に止まって提灯型のかたまりとなる。その捕獲には、大きな虫捕り網を下に構え、蜂のかたまりを箒みたいなものでかき集めて網の中に入れる。ところが、今日のミツバチたちが止まったのは地上わずか15センチ。しかも木の枝をぐるっと包み込む形となっている。これではどうしようもないなあ。

 でも何とかやってみよう。畑からブルーネットを持って来る。それでこの群れを包み込む。でも、ネットに入ってくれたのは全体の三分の一にも満たない。他の連中は僕の頭上を飛び回る。ブルーネットで捕まえたやつを植木鉢に押し込む。その上に巣箱を置く。それでじっと、僕は目を凝らして蜂たちの行動を観察する。しかし期待通りにはいかない。分蜂して、いったん木に止まるのは偵察隊からの報告を待っている時だ。偵察に出たミツバチが適地発見という報告をするといっせいに飛び立つわけだが、僕がいまやっているのはその途中プロセス。彼らにとっては「適地」ではないわけで、根本的に無理がある。

 それでも、この胸のワクワク感は悪くない。まさしく子供が「遊びに没入」の言葉そのものだ。途中でやめた荷造りのことなどすっかり忘れ、巣箱の位置をずらしてみたり、上蓋を外してみたり、集団がよそに飛んで行けないように蚊屋をスッポリかぶせてみたり・・・そして、ハッと我に返ったのは午後4時40分だった。いけね。クロネコと約束した集荷は5時半だ、急がなくては。わっさわっさと走り回り、荷物2つをギリギリ完成させた。

 誰もが日々を楽しんで生きている。あるいは、楽しんで生きたいと願っている。その楽しみ方は人によってさまざまだろう。僕の場合は、土の上で動きまわること、動植物を相手とすること、そのために必要な物を、ノコギリ、ハンマーを手にして工作すること。それが楽しみの軸となっている。ハタから見ると(・・・このミツバチ捕獲作業もご近所さんが笑いながら見ていたのだが)、僕の楽しみはかなり幼稚っぽいかもしれない。例えば台所裏にひとり生えしたカボチャを網とロープを張って屋根の上に這わせるなんてことは、いいトシした男のやることではないかもしれない。しかしながら、幼稚な遊びめいた日々のあれこれの活動が、僕の気力・活力・体力の源泉となっている。このミツバチ捕獲の「遊び」でも、遠くから、あれを運び、これを運び、あっと言う間に2時間半も体を動かしていた。2時間半も動き回って、それでエネルギーを消費したかというとそんなことはなく、むしろ新しくエネルギーを得た。こんな日の夜は夜で、布団に入って、灯りを消したべッドで、あのミツバチたち、どうなっているかな、朝になったら真っ先に確認しに行かなくちゃ・・・そんなことを考えているうち、胸のときめきとともに眠りに落ちてゆく。つまり、今日のときめきが明日への活力となる。だから、何かを悩む、気持ちが暗くなるというヒマがない。そういえば、昔どこかで聴いたこんなセリフが思い出されるね。強くなければ男じゃない・・・僕はそれに少し付け足そう。無邪気に楽しく遊ばなければ人生じゃない・・・。気力・活力・体力、そのエネルギーの源泉は遊ぶことにある。誰かがあつらえてくれたような遊びにはまるで気持ちが僕は向かない。認知症予防にゲームがおすすめ、なんて話も耳にはするけれど、スマホでゲームねえ・・・自家製、手製の遊びが僕にはいちばん向いている。

 9月4日。今日は地区の集会所の掃除の日である。8時から。いつものランニングはやめて、朝練を兼ねて集会所まで自転車を走らせることにしよう。まずはタイヤに空気を入れなくちゃ。自転車に乗ると気持ちが若返る。使う筋肉もいつものランニングとは違う。

 掃除から帰宅して、すぐ畑に向かう。定植して10日となるブロッコリー、カリフラワー、芽キャベツ。幸い虫はついていないが、度重なる強雨で土がしまり、過湿状態だ。畝間にスコップを入れ、1株ずつ両手を使って空気の通りをよくしてやる。下の葉が地面に着かないように、かつ風や雨で株がぐらつかないように、形としては蟻の巣の穴みたいなものをイメージしながらやる。またもや夏の復活だ。雲が沸き上がり、気温32度、湿度90%。顔いっぱい汗が吹き出した。そういえば最近、猛暑でもなく、酷暑でもなく、「溽暑」(じょくしょ)という言葉があるのだと知った。すさまじい蒸し暑さが伝わってくる言葉だね。それでも僕は、昼も夜も扇風機ひとつでこの夏を乗り切った。原始人たる所以であろうか。

 整理整頓の能力に欠けるゆえ、僕の畑にはビニール、ブルーネット、段ボール箱、大きなプランター、さまざまな物が積み重ねられている。どうせ3か月もすればまた使うのだから・・・そんな気持ちで倉庫にしまうことを怠るのだ。そうした資材を新たな種をまくため、苗を植えるため、少し位置をずらす。そこから大慌てでいろんな昆虫やミミズが出て来る。ときには15センチもあるムカデも走る。彼らもやはり、気力・活力・体力でもって生き抜いているんだなあと思う。

子供たちの理科離れは何が理由か。生物学者の福岡伸一さんは、絵本作家のかこさとしさんとの対談で身近な例をあげている。「私から見ると、理由は明白です。大人たち自身が『理科離れ』しているからです。ゴキブリやクモを見たらすぐに叩き潰したり・・・大人が自然に関心を示せば気づくはずなのです。そこに精妙な美しさやデザインの奇抜さがあることに」。

 四方が山林。加えて、ゴキブリにとっては餌となる有機物が多い、クモにとっては獲物となる虫が多い。そんなわけで、我が家には両者ともゾロゾロ、わさわさといる。でも叩き潰したりはしない。慣れると可愛いし、親しみがわく。収穫し、あとでジャムにしようと思ってポポーを器に入れたまま、うっかり廊下に放置しておいたりすると、見事にゴキブリ集団が群がっている。僕が照らした電灯の光でその羽が黄金色に輝いている。ポポーの味に酔っているのか、近づいても慌てて逃げるということをしない。その場面をカメラに収めた。その写真をここに掲載しようかとチラッと思った。だが、以前、編集長からいただいた言葉を思い出した。ゴキブリの写真を見てビビル人もいますから・・・。だからやめた。代わりに、ミツバチのためにかぶせた蚊帳の中を飛んでいたタテハ蝶の写真を掲げる。福岡先生が言う通り、精妙な美しさである。

 9月5日。起床時には少し物足りない光だったが、だんだんと空は明るくなり、午後には肌を刺すような光が降り注いできた。夜のニュースで知ったことだが、通園バスに取り残された3歳の子がバスの中で熱中症で亡くなったという。僕の胸に深い悲しみと怒りがわく。今日の直射日光がどれほどのものか、冷房の効いた室内にいる人よりも、はるか、裸の上半身を太陽にさらして働く僕にはよくわかる。3歳の子にとって、閉め切られたバスがいかに苦しいものだったか・・・大人がちょっと注意を払えばこんな事故は起こらないのに。

 朝食をすませ、今日の段取りを考えながら畑を見回る。その時、大豆の葉の上にいるおんぶバッタを目にした。大きなメスの上に小さなオスが2匹。すぐそばの別な葉の上には、ポツネンと、ひとりぼっちのメスがいる。モテるのと、モテないのとの違いなのか。それともただの偶然か。

 籠を手にしてポポーの林に向かう。今年は早い梅雨明けとその後の猛暑がたぶん影響したのだと思うが、実の数が少なく、小ぶり。しかし、林には落下した実がけっこうあった。ポポーは完熟すると勝手に落ちる。落ちている実を拾い集めている僕の目の前にコトンと音を立てて落ちることもよくある。用意した2つの籠に、無傷で出荷OKのものと、傷があって自家用にするものとに仕分ける。昨年秋に放送された田舎暮らしをテーマとしたテレビの番組が今年の春に再放送された(らしい)。それを見た方から電話があった。今は東京だが、以前暮らしていた家にポポーの木があったという。懐かしかったです、収穫時期になったらぜひ送ってくださいとの電話だった。ヤマイモ、カボチャ、サツマイモなどとともに本日送ることにした。傷物はよけておいて、後で僕はジャムを作る。ポポーは日持ちしない。だから店には出ない。人によって好みがハッキリ分かれるが、僕は美味しい果物だと思う。成長が早く、病害虫も発生しない。もし読者の中に育ててみたいと思う方がいたら編集部経由で連絡くだされば苗木を送って差し上げる。

 ポポー収穫に行って、そのまま帰ることはしなかった。木の下も、周辺も、僕の膝丈くらいの草で覆われているのだ。一度7月終わりに草退治はした。なのに、40日でジャングルだ。よしやろう。2つの籠を脇に置き、這いまわる。ひたすら抜く。ああ、スコップを持って来ればよかったなあとも思うが、家まで取りに戻るのはもう面倒だ。抜く、投げる。抜く、投げる。だんだんと、ジャングルが平原になる。それが快感で、時刻とともに気温が上がり、蒸し暑さも増してきたのだが、もうやめられない、止まらない。

能力というものは、自分が持っているものと考える筋合いのものではない。辻静雄

 8月に目にした「折々のことば」。鷲田清一氏はこう解説していた。

料理研究家の『フランス料理の手帖』から。能力は、その人の仕事ぶりを見ている人が測ってくれるものなのに、人はそこを勘違いして、努力が報われないとつい他人や社会のせいにすると、辻は言う。そう、誰にでもできる仕事をこつこつやっているうち、まわりの人から「これはあの人にまかせておけば大丈夫」と言われるようになってはじめて、その人の能力となるのだ。

 僕は何か障害が生じても、人のせいにも、社会のせいにもせず、コッコツと草を取り、種をまき、苗を植えながら毎日働く。道路沿いで作業する以外、ほとんど人の目には触れないが、他人に評価してもらう気も必要もないから、それでいい。近所ではみな草刈り機を使う。たいした広さでもない庭でも機械で草を刈っている人がけっこういる。スコップと両手でやる僕の草退治は、そんな機械での作業にけして見劣りしない。自分ではなかなかの辛抱と能力だと思っている。誰も見ていない、ほめてもくれない。でもいい。自分の手を使い、自分のことをやる。単純明瞭な自己完結なのである。

 9月6日。快晴。気温33度。湿度は何%だったかな・・ともかく猛暑である。されど、終日晴天は今日だけらしい。明日から10日間、なんと、雨と曇りのマークばかり。ならばと、畑を這いまわって僕は草を取る。百姓生活37年。これほどの草が生えたのは初めてのことだ。高温と多すぎるほどの雨。それがどう植物に影響するか、水を欲しがるサトイモが証明している。もし僕が映画監督になって一作ものにするならば、タイトルは「サトイモ畑でつかまえて」だろう。我が身長を超えるほど巨大にサトイモが育った、そんな風景を見るのも初体験なのだ。

 今日の草取りで特に力を入れたのは8本ある栗の木の下。そろそろ栗の実が落ちて来る。ヤブ状態のままでは見つけにくくなる。よって下草を一網打尽としておきたいのだ。高温ゆえだろう、いつにも増して草の匂いがする。50センチにも及ぶ草を力任せに引っこ抜いて、その根っ子に付着して地上に現れた土も、やはりいい香りがする。心をなだらかにする。人生、すべて、これでいいんだ、他に何が要ろう、そんな気持ちになる。草も土も、そこから立ち昇る香りも、人工のものではないからであろう。僕がこうして分け入って行かない限り、彼らはずっと誰の目にとまることなく、冬を迎えたら草は枯れ、土はその枯れた草をそっと包み込み、眠り続ける。人の世の悲しみや切なさとは遠い、朴訥とも言うべき静けさがここにある。

「非道な人への怨念捨てたい」。そんな見出しの付いた人生相談を読んだのは数日前だったか。投書者は僕と同じ70代の男性。貧しい家庭に育ち、劣等感を抱き、加えて小心、不器用な生活。嫌われたくない一心で周りに異常に気を使い、卑屈になって暮らしてきた、そう相談者は冒頭に書く。そしてこう続ける。

10代後半から陰気だ、神経質だとからかわれ、嫌がらせを受けるようになり、転職を繰り返しました。精神的ストレスで30歳頃に胃を切除、45歳頃にウツになりました。それでも自らを鼓舞して仕事は1日も休みませんでした。自分も含め、人間は総じて意地悪で残酷なものと分かっていますが、過去に私に対して思慮に欠けた行動を繰り返した人を許せません。拷問にかけてうっぷんを晴らしたいとの思いが頭をもたげます。残り少ない人生を「普通」に生きたいと思っています。非道を繰り返した人間への怨念など捨てて過去を思い出さないようにしたいのです・・・。

 つらい人生相談である。職場でのハラスメントは裁判沙汰になるものまで含めて数限りないようだが、こうまで苦しむ人がいることを嫌がらせする側の人間は分かっているだろうか。ただし、この相談者の言葉の中にただちに首肯できない部分がある。「人間は総じて意地悪で残酷なもの・・・」これを僕は真っすぐ受け入れることは出来ない。意地悪でも残酷でもない人はいる。もし人間の根源にそういうものがある「性悪説」に立つのだとしても、他者に対してはその性悪を抑制している賢者もこの世の中には存在する。周囲にいくらか譲歩しても、他者と融和して生きる暮らしは自分自身が平和に暮らす基盤なのだ。何度も書いてきたが、僕も上司からのハラスメントを受けた。重症ではなかったが、軽いウツ状態にはなっていた。それを救ってくれたのは、何秒かでもタイムを縮めたいという情熱で続けたマラソンと、現在地ではなく、利根川のすぐそばで始めた最初の田舎暮らしだった。

 心的な問題を抱える人たちが農作業で鬱屈から解放されたという話は新聞などでよく目にする。いま読んでいるスチュアート・スミス著『庭仕事の神髄/老い・病・トラウマ・孤独を癒す庭』でも、精神科という立場からそのことが詳細に語られている。光と水が豊かであるのをいいことに暴れまくる雑草、激しく降り続く雨ニモマケズ繁殖し、野菜を食い荒らす虫たち。そういうものに耕す者はずいぶん苦労させられるのだが、それでも、庭仕事、畑仕事が人の心を健全にしてくれるのは、たぶん、介在すべき言葉がない、野菜も花も土も、嫌がらせ、からかいの言葉を発しないからであろうと僕は思う。相談者は「普通」に暮らしたいと願っている。その普通はたぶん、日々、土と接することの出来る場所にある。すでに相談者は年金を受給しているに違いない。だとしたら、どこか近くの市民農園のようなものを申し込んだらどうだろう。そこで種をまく、苗を植える、土の香りをかぐ、光をいっぱい受けて汗を流す、休憩時間には冷たい飲み物を喉に流し込みながら高い空を仰ぐ。きっとそれで「怨念」を忘れることが出来る。土に触れる日々は、どんなクスリよりも薬効が高い。42年の田舎暮らしから、僕はそう断言できる。

 栗の木の下草を刈り取った後、二か所に分けて植えた秋ジャガの手入れをした。春のジャガイモは毎年かなりの量を作っている。しかし8月には在庫が尽きてしまう。だからもっとたくさん作っておきたいとも考えるのだが、春から夏にかけての畑をナス科で埋めてしまうことにはやはり躊躇する。それでもって、こうして毎年、秋ジャガを試みる。残念ながら春にくらべて明らかに収量は少ない。春の栽培は低温から高温という気候の中だ。秋ジャガはその逆で、高温からだんだん低温に向かう気候の中での栽培となる。ジャガイモには気に入らないことなのかもしれない。まっ、それでも最善を尽くしておかねば。発芽10センチ弱。雨で固まった土をよくほぐし、春に抜き取った草の堆肥に木灰を混ぜたものを畝間にすき込んでやる。あとは、一刻も早く、ジャガイモの好む冷涼な天気が来ることを祈るだけだ。

 9月7日。今夜の僕は音楽を聴きながらこの原稿仕事を始めようとしている。聴いている曲は石川セリという歌手がうたう「八月の濡れた砂」。

あたしの海を まっ赤に染めて
夕陽が血潮を流しているの
あたしの夏は
あの夏の光と影は
どこへ行ってしまったの
悲しみさえも焼き尽くされた
想い出さえも 残しはしない
あたしの夏は
あしたもつづく

 僕は24歳、昭和46年の日活映画主題歌だそうだが、まあどうして急に、そんな古い歌を聴くつもりになったの。僕は毎晩、明かりを消したベッドの中でNHKのラジオ深夜便を聴く。その中でいちばん好きなパーソナリティーは徳田彰さん。その徳田さんの受け持ちコーナーで、いちばんの好みが、「やっぱり本が好き」と、「真夜中の映画ばなし」なのだ。8月最後の日曜日は夏をテーマとした映画の音楽特集だった。アラン・ドロンの太陽がいっぱいとともに流れてきたのが「八月の濡れた砂」だった。かすか昔に聞いた記憶はある。速いテンポの音楽がダメ、ドンチャンと騒がしい音楽がダメ。そんな僕の胸に石川セリという歌手のかすれた声がベッドの中でジンと胸に響いた。そのことが、今夜、畑仕事と晩酌を終えて、さて原稿仕事だとパソコンをONにした瞬間、ふっと思い出されてきたのだ。すぐにユーチューブで探し出したのだ。

 今日の天気は・・・ランチを済ませた頃までは晴天で、けっこう蒸し暑かった。昨日同様、昼間は真夏のようだった。でも、やはり、季節はすでに秋なんだね。陽が落ちるとともに、ふわっとした風が吹き、真っ暗になってもう何も見えなくて、やむなく仕事を切り上げて部屋に戻ると、ええっ、まだ6時半じゃあないか。7月に比べると1時間も日暮れが早いのだ。昼間はセミが鳴く。陽が暮れると虫が鳴く。あたしの夏は、どこへ行ってしまったの・・・9月の夜に聴く。ひときわ胸に響く「八月の濡れた砂」なのである。

 急な雷雨にご注意ください。テレビの天気予報はしきりとそう言っている。雨は平気だが、カミナリは・・・それでいつもの荷造りを早めに開始した。今日の荷物には初物のサトイモが入る。ごらんのように、まだ小さい。しかし、スーパーにはまだ出ていないはずだ。出ていても高いはずだ。このサイズだと包丁で皮をむいては勿体ない。丸ごと茹でる。皮は指先でサラッと取れる。生姜醤油で食べるのがシンプルで美味。ついでに書くと、家庭菜園をやっておられる方は、掘り上げた親株を別な場所にそっくり埋めておくとよい、来年の種イモとして。

 さて、昨日はちょっと辛い人生相談を引用した、そして今日も別な人生相談を引用するのだが、こちらは昨日とはずいぶん雰囲気が違う。相談者は60代の女性。学生時代も、6年間の会社勤めも、40年間の専業主婦生活も常に友人にも健康にも恵まれ、何不自由なく生きて来ましたと冒頭に言う。そしてこう続ける。

ところで、この2年余りのコロナ禍で外出を控えるようになり、友人にも会えなくなりました。つまらない生活と思いきや、日々「なんて心地いいのだ」と感じています。友人とのランチなどが煩わしかったのだと気付きました。旅行やショッピングも不要。着る服は3着あれば十分で、アクセサリーやブランド品への興味もなくなりました。家で庭の花を眺めながらコーヒーを飲む。これだけで幸せで、他に欲が出ません。この先、このままでよいのでしょうか。面倒でも外に出て、色んなことに関わっていないと認知症になってしまうでしょうか・・・。

 回答者は最相葉月さんで、おおむね相談者の気持ちに賛同しつつ、「ただ体力を維持するためにも体は動かしたほうがいい」と答えている。僕がこの人生相談を心にとめたのは、彼女の書いたことがほとんど自分と同じだと思ったからだ。訪ねて来る友人はたまにいるが、外で誰かに会うことは皆無。旅行に行かず、アクセサリーやブランド品には(もとより興味がなく)、庭の花か、水槽のウナギかを眺めながら珈琲を飲む。それだけで今の僕は完全にシアワセなのだ。単にシアワセなだけじゃない。活力も豊かになるのだ。たぶん、人間には、独りで、気ままに、好きなことに熱中したいという願いが根本にあるのだろう。にぎやかな人間関係に埋もれている時にはそれに気付かなかったが、コロナという強制力で外出の機会が失われて、偶然にも、独りで、気ままにという快感を発見した・・・。最相葉月さんが言う通り、人付き合いは減らしても、体力を維持するために体は毎日動かした方がいい。体を動かした方が、珈琲の味はより良くなり、花や生き物に対する感性も鋭くなる。それによって、明日という日への活力が増す。そのリズムを獲得すると、世の中に溢れるモノや、世の中に生じている事柄の90%くらいに対して興味が薄れ、そのぶん、それまであちこちに分散して使われていたエネルギーが一か所に集中されて効率が高まり、気力・活力・体力という円環システムを力強く回転させてゆくようになる・・・。さて今夜はもう一度「八月の濡れた砂」を口ずさみながら、懐かしい瀬戸の海を想いながらベッドに向かうこととしよう。骨も筋肉もめいっぱい疲れているからグッスリ眠れる。きっと明日も力強く働ける。

 9月8日。おっ、涼しい朝である。単に気温が低いだけではなく、風が乾いている。やっぱり季節はもう秋なんだなあ。朝食をすませ、歯ブラシをくわえたまま畑を見回る。7回に分けて植えたピーマンの苗。この下の写真はその最後のものだ。植えて間もなく、何度も激しい雨が降ったので、雨よけとしてビニールを半掛けにした。そして、今朝のようなこの涼しさならば、ビニールをもっと低い位置までかぶせてもいいかなと思う。収穫始めは今月末。そこから最低2か月は収穫を続けたいというのが僕の目論見。数日前に鶏糞と米ぬかの堆肥をドッサリ施してある。肥効は2か月以上続くだろう。

 白菜はちょっと虫にやられている。畝に伝って順々に確認し、生長点を食われているものは抜き取って、予備の苗に変えてやろう。こんな場面で思い出すのはターシャ・テューダーさんのこと。だいぶ昔になるが、アメリカABCテレビがロングインタビューした番組を見た。インタビュアーの「野菜は虫に食われたりしませんか」という質問に対し、ターシャさんはニッコリ微笑み、「ええ、そのために、苗はいっぱい用意してあるのよ」と答えていた。僕は白菜の苗を200本以上作った。植えきれなかったものは水やりと土足しを忘れずやって、今日のような出番を待たせてあるのだ。白菜がすくすく伸びてくると秋も本番である。

 途中、わずかな霧雨が降ったが、さほど悪くない天気。激しい雨に打たれて3回連続で発芽しなかった人参。その後、ギリギリかなあと思いながら3か所にまき直したものがどうにか3センチほどに育った。今日はそれに、指先で土をほぐしながらほどよく土を寄せてやる。これをやっておけば激しい雨にもなんとか耐えられて、成長も進む。人参の後は大根の間引き作業をやった。午後から荷造りにかかった。カボチャ、ポポー、長ネギ、サトイモ、カボス、ピーマン、ナス、ミョウガ、大根の間引き菜、サツマイモ、そしてブルーベリー。ブルーベリーには猛暑の後の多すぎるくらいの雨量がもしかしたら良かったのか、まだ予想外に多くの実がついている。

 今回の原稿、そろそろまとめにとりかかろうか。僕の気力・活力・体力の源泉、その一部であるチャボと太陽光発電について最後に書く。経済効率で言うと、チャボの飼育は割に合わない。それだけじゃない。自由放任の彼らは庭と家の中という区別意識は存在せず、どんどん部屋に入って卵を産み、ヒヨコにする。当然ながら部屋は汚れる。でも彼らが与えてくれる、何と言うべきか・・・和やかさ、愛らしさ、面白さは、部屋や廊下に糞が落ちようが抜け毛が散らかろうが、かまうものかという気にさせてくれる。この上の写真は、収穫したラッキョを乾かすために僕の寝室の窓際に置いといたトレー。そこに卵を産むようになったチャボの姿。彼女への気遣いがふたつある。西向きの窓ゆえに、強烈な西日が当たる。辛そうだ。午前中は窓を開けてやり、風を通し、午後になったら忘れず雨戸で遮光してやる。西日が切れたらもう一度雨戸を開けて風を通す。それを毎日やる。もうひとつはパソコン部屋から寝室に向かった時。もう眠っているこのチャボにはうるさいだろうとラジオの音量をしぼり、部屋の明かりもつけず、僕はちょっと不便な思いをする。それもこれも、チャボは我が友であり、僕に活力を与えてくれる生き物だからである。

 今日、注文してあったバッテリーとインバーターが届いた。スーパーセールとかでふだんの3割くらい安い。それで飛びついてしまった・・・衝動買い。2つの代金は野菜の稼ぎ2か月分くらいになるが、まっ、これでもって明日への活力が増量するのだからいい。買った以上、稼がなくては、そう思って仕事への気力も増すから、費用対効果はけっして悪くはない。アマゾンと楽天から品物が届いたのは午後5時半頃。明かりを灯し、ソーラーパネル→バッテリー→インバーターという接続作業を敢行した。雨の日が多かったので、8月の電気・ガス代は7月よりも少し高かった。それでもふたつ合計で4000円ちょっとですんだのは太陽光発電のおかげ。その経済効果もさることながら、気力・活力・体力、冒頭に書いた円環システムへの貢献がとても大きいのだ。僕は世間で言うゲームはやらないが、太陽光発電は僕にとってのゲームみたいなもの。おそらく認知症予防にも役立っている。バッテリーは1個36キロなんて重さで、これを抱いて20メートルくらい歩くと体力養成ともなる。

手に入ったものに無頓着なのに、失ったものがいつまでも記憶に残るというのは、人間の性(さが)だ。李屏瑶

 10日ほど前の「折々のことば」である。鷲田清一氏の解説はこうだ。

人生の時々に、自分が何と出会い、何を得、何を捨てたのかは、ずっと後でしかわからない。ただ、失ったものにはすぐに気づき、取返しのつかなさにうろたえる。

「折々のことば」には、いつも異論なく、自分の気持ちを重ねることが出来るのだが、今日は少しばかり違う。今の僕は、失った過去のものには全くと言っていいくらい意識は向かわず、逆に、手に入ったものへの喜びはずっと長く持続する。僕が手に入れたもの、その最上のものとは他でもなく田舎暮らしである。75歳9か月の男を、気力・活力・体力、あふれる日常に導いてくれているのは土に接し、生き物に接し、高い空を仰ぎながらイチジクやポポーを頬張る、その暮らしである。細部を穿てば確かに失ったものはいくつかあるだろう。しかしそれが記憶によみがえることはほとんどない。百姓としての本務をなしつつ、ゴミを出し、洗濯し、バスタブを洗い、布団を干し、3食のメシを用意する。荷物を出しがてらスーパーへ買い物にも行く。水槽のウナギにミミズを届ける。逃げ回るヒヨコを捕まえ、水を飲ませる、夕方になったら巣箱に入れてやる。そして今日みたいに太陽光発電の設置作業に没頭する。夜にはこうして原稿を書くこともある。多忙である。しかし、田舎暮らしという大きな器に収まっているそれらは、僕にとっては煩雑でもなく面倒くさくもない。大袈裟に言うと、交響曲を奏でる楽器のひとつひとつのように、全体がうまく調和し、爽やかな音楽を作り上げている。この音楽の流れにうまく身を委ねることが出来るようになれば、さほど力まずとも、気力・活力・体力の円環システムがいつの間にか完成している。アナタもどうぞ、1日も早く田舎暮らしの実践を、僕はそう願う。

 

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(15)家庭菜園と人生における幸福論
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(17)「生活」と「人生」
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(18)「生活」と「人生」(2)
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(20)少子高齢化の未来
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(23)コロナ禍が意味するもの
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(27)畑の神様
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中村顕治(なかむら・けんじ)

1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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