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田舎暮らしの本 5月号

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田舎暮らしの本 5月号

3月1日(金)
890円(税込)

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定年目前で退職し、小さな映画館で笑顔を届ける【大分県豊後高田市】

掲載:2020年11月号

5年前、定年退職目前に会社を辞めて、横浜市から豊後高田市に移住した市川さん夫妻。小さな映画館の館長として、地元シニアに笑いと涙を届けようと奮闘している。

市川誠(いちかわまこと)さん
1956年、神奈川県横浜市生まれ。2016年に59歳で大分県豊後高田市の地域おこし協力隊員になり、夫婦で移住。現在は、映画館「玉津東天紅」館長と、玉津プラチナプロジェクトの事務局長を務める。

 

口紅さして映画館に行くのがレジャー

 玉津東天紅(たまつとうてんこう)は、国東半島の海辺のまち、大分県豊後高田市にある小さな映画館。2017年4月、「昭和の町」から橋を渡ったプラチナ通りに誕生した。昭和の町は昭和30年代の商店街を再現した人気の観光地で、プラチナ通りはシニアの市民が楽しめる町づくりに力を入れているエリアだ。

「30人で満席になるミニシアターで、お客さんの90%以上が60歳以上です。お客さんにとって、ここへ出かけてくること自体がレジャー。ちょっと口紅さして映画を観に行くというのが、楽しいんですよ。友達とお茶したりね。樹木希林さん出演の『日日是日好(にちにちこれこうじつ)』、是枝裕和監督の『万引き家族』は満員御礼で、追加上映しました。人生ドラマが人気なんです」

「玉津東天紅」という名称は、かつて500mほど離れたところにあった映画館「東天紅」へのオマージュ。プレオープニング上映は『ふたりの桃源郷』、正式上映の1本目は『この世界の片隅に』。お客さんからリクエストされた作品を上映したこともある。

「玉津東天紅」がある玉津プラチナ通りは「高齢者が楽しいまちづくり」を推進する商店街。「玉津東天紅」のほか、コミュニティカフェ「こいこい」、交流ショップ「よりみち」、元気なシニアが集う「玉津座銀鈴堂」などが集積。定期的なイベントも開催している。

 

迷いを振り切って地域おこし協力隊に

 館長の市川誠さんは、2016年6月に地域おこし協力隊として横浜市から移住した。

「同じ年の2月に東京のJOINのフェアで地域おこし協力隊の存在を知り、応募したんです」

 当時勤めていたのは機器の取扱説明書を制作・製造する総合商社。あと半年で60歳の定年退職を迎えるタイミングで会社を辞めた。

「迷いはありました。やりかけの仕事があったし、部下を放り出すようなカタチも嫌だった。新しい人間関係になじめるかという不安もありました。地域おこし協力隊の給与は少なく、収入が大幅に減少します。カミさんも孫と離れることを寂しがりました」

 一方で、好きな大分でまちづくりに協力したい、外国語翻訳の業務経験がインバウンドにいかせるとも考えた。 

「2000年ごろに大分市に事業所を構えていたんです。4年いて、カミさんもほとんど来ていたかな。すごく気に入って、定年になったら大分に来ようよって、説得していたんです」

 市川さんは50歳までひどい偏食で、特に魚が苦手。寿司も刺身も一切食べられなかった。

「ところが大分だと刺身がおいしい。ヒラメやタイの白身魚が特にうまいんですよ」

 運転免許を取り、温泉にも2人で足繁く通った。

 

本当は怠け者になりたかった

 市川さんは1956年に横浜市の市街地で生まれた。マスコミの専門学校を卒業し、東京の業界専門紙で7年間記者を勤めた。その後、アクセサリー会社の広報誌、広告代理店のコピーライターを経て横浜に戻り、長く勤めた会社に入った。

「1990年代から2000年代にかけて、ぼこぼこ儲かりましたね。ソニー、キヤノン、NEC、ホンダなどが得意先で、テレビ、コピー、ファクス、カメラ、携帯電話、自動車などの分厚い取説をつくっていましたから。海外33カ国向けに英語、フランス語などに翻訳するのも業務でした」

 ところがアップル社のiPhoneが紙の取説をつくらなくなり、他社が追随。日本のメーカーもシェアが落ちて予算が縮小されてきた。

「部下を引き連れてメーカーに行って、過去の取説を流用して効率的に制作できるシステム開発のプレゼンを山のようにしましたね」

 やがて経営陣も代替わりし、リストラを推進する立場にもなり、いつまでも老兵がいちゃいけない、という気持ちにもなった。そんなときに地域おこし協力隊という道が、目の前に現れたのだった。

「本当は怠け者になりたかったんです。ずっと忙しかったから、お客さんが来ない喫茶店とかで年金+アルファでのんびり暮らせればいいや、と思うようになっていたんですね。実際は貧乏性で、自然と動いちゃうんですが。ここだと60歳は若者扱いされるのも新鮮で」

 地域おこし協力隊に着任してからは、玉津地区で高齢者が楽しいまちづくりのコーディネーターとして「玉津プラチナ市」などの企画運営を担当。地元に愛されたパン屋の工場跡の活用法としてミニシアター兼資料館を提案した。

「映画の配給のしくみも機材のこともわかりませんでした。大分市の『シネマ5』の田井(たい)さんをはじめ、いろんな方にサポートしていただいて今に至ります。シニア料金は1000円ですが、市の鑑賞補助金のおかげで、市民の会員の方は500円です」

香々地(かがち)地区の夷谷温泉は奇岩連なる風光明媚な渓谷にあり、褐色で良質な泉質と野趣あふれる露天風呂が人気。

 

お互いのわがままを許すしかない

 2019年5月に3年の任期を終えてからは、玉津プラチナプロジェクトの事務局長と映画館の館長を兼任。1年間の雇用を経て、現在は役職手当をもらっている。昨年末63歳になり、少し年金が出始めた。あと1年余りで65歳になる。

「付き合いで外食することもなくなり、生活費は横浜にいたころより3割くらい安くなりました。充分ではないけれど、なんとかなっています。カミさんは映画館のすぐ近くで1日10食限定500円定食を出すカフェをやっています。仕入れと売り上げでトントンですが」

 映画は月2、3本、それぞれ6日間上映する。その合間に2人で神社仏閣や城を訪ねている。

「御朱印帳は5冊目で250社くらい参拝しました。最近お遍路も始めました。死ぬまでに88カ所回りたいですね。温泉には3日に1回くらい行っています。夷谷(えびすだに)温泉が一番好きですね」

 横浜時代とは一変し、今は2人だけの時間が長い。

「お互いに相手のわがままを許すしかないです。言いたいことを飲み込むわけです。2人とも楽天的な性格で、何かあっても、なんとかなるんじゃない?みたいにいい加減。それがいいのかな。年に1回か2回、別々に横浜の娘のところに行きます。カミさんと長期間離れるのは、そのときくらいです」

 夏には、横浜からお孫さん姉妹が3週間遊びに来るそうだ。

「移住者という言葉に抵抗感があるんです。私は住民税を払っている一市民ですから、横浜から引っ越してきましたと言うようにしています」

 

ここで映画を観て泣いて、笑ってほしい

 コロナ禍は、映画館の経営に大きな影を落としている。

「うちは30席しかないし、ブルーレイのプロジェクター上映で、かけられる映画は限られます。それでも全国平均が15%と言われているところ、コロナ前は40%席が埋まっていたんです。それが今は15%まで落ち込みました。3年で100本の映画をかけて、観客は延べ1万2000人になります。95%は豊後高田の方です。遠出できないシニアの方が、ここで映画を観て、感情を揺さぶられて、泣いて笑ってほしい。この映画館が、一歩でも外へ出てくれるきっかけになったらと願っているんです」

豊後高田市
大分県北東部・国東半島の沿岸部に位置。本誌「住みたい田舎ベストランキング」で9年連続ベスト3。6年連続で社会増(転入>転出)を実現。日豊本線小倉駅から宇佐駅まで特急で約50分。宇佐駅からバスで約10分。大分空港から空港アクセスバスで約45分。東九州自動車道宇佐ICから車で約25分。

玉津東天紅
映画上映は毎月隔週火曜日から日曜日の6日間、9:00~、13:30~(作品によって変更あり)
鑑賞料金(税込)/大人1800円、高校生以下1000円、シニア(60歳以上)1000円
※豊後高田市内在住の方は会員制度あり
大分県豊後高田市玉津380-2
(問)玉津東天紅 ☎︎0978-25-4433
(問)豊後高田市社会福祉課 ☎0978-25-6178

写真/樋渡新一 文/編集部

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