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田舎暮らしの本 10月号

9月3日(金)
850円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

山で営む不安のない暮らし。父から子に伝える自給の知恵【兵庫県朝来市】

掲載:2020年6月号

山の中で自給的暮らしを実践する父のもと、6人兄妹の次男として育った大森げんさん。農作業に明け暮れ、学校にもまともに行けなかった少年時代はキツイ思い出しかなかったというが、農場に研修生として訪れた梨紗子さんと結婚し、それから新しい暮らしが始まった。身の回りの自然とつながって、必要なものは自分たちでつくる、山の一家の自給的生活。

大森げんさん(38歳)
兵庫県西宮市出身。4歳のときに家族で朝来市に移住し、父の主導のもと自給自足生活が始まる。21歳のときに梨紗子さんと結婚し、住まいを廃材でセルフビルド。現在の暮らしに至る。
梨紗子(りさこ)さん(40歳)
埼玉県さいたま市出身。武蔵野美術大学卒。げんさんの実家である「あーす農場」で研修し後に結婚。手づくりの山の暮らしをする一方で美術作家としても活動。毎年、個展や展覧会を開催。
つくしくん(16歳)
地元の農業高校の2年生。毎朝5時30分に起きて学校まで約20㎞を自転車で通っている。おっとりして優しい長男。
すぎなくん(13歳)
卓球部に所属する中学2年生。3人兄弟の真ん中で、周りによく気を使い、いつしか兄弟のバランスを取る立場に。
かやくん(9歳)
小学3年生。兄2人と一緒に自分ができることを探して、積極的に家の手伝いをやっている。

分岐の先はいずれも行き止まり。その途中に大森家がある。標高約400m。冬は1.5mほどの積雪がある。

朝来市(あさごし)は2005年に生野町、和田山町、山東町、朝来町が合併して誕生。兵庫県北部に位置し、市域は山間部が多い。人口は約3万人。市内には鉄道と高速道路が走り、但馬・山陰地方と京阪神を結ぶ交通の要衝でもある。天空の城と呼ばれる竹田城跡が広く知られる。

解体した民家をほぼそのまま移築した住まい。斜面に張り出したテラスや玄関はその後増築した。温室やギャラリーなどの小屋も。「山の一家*葉根舎」https://www.yamano-haneya.com/

 

草木と山の恵みで暮らす日々

 兵庫県朝来市の北端に位置する糸井地域。小学校や郵便局のあるその中心地から北に延びる山道を入ると、車の往来はなくなった。3kmほど走ったところに、閉校になった小学校の分校があり、道を挟んだ向かいの谷に10軒ほどの集落が見えたが、ほとんどの家はカーテンが閉じられ、庭も荒れていて、人の気配は感じられなかった。そこからさらに山道を進み、豊岡市との市境に差し掛かるほんの少し手前で脇道へ入る。間もなく山肌にへばりつくように立つ小さな家が見えた。

 入り口には「山の一家*葉根舎(はねや)」と屋号が書かれた手づくりの親しみあふれる看板が立っていた。大森げんさんとご家族が暮らす住まいだ。屋号は大森家の日々の暮らしを表している。妻の梨紗子さんが話してくれた。

「こんな山の中で暮らしていると毎日誰かに会うということもなくて、最も身近にあるものって自然の草木なんです。暮らしの道具やお料理やからだのケアなどにもとても役立って、日々草木の恵みをいっぱい頂いています」

 農業を営み、薪を主なエネルギー源として自給自足に近い生活をする大森家にとって、草木は生活の一部。美術作家として活動する梨紗子さんの題材も植物だ。

「自給自足って言葉、昔は嫌いだった。それがどれだけ大変なことか知っているから」と言うげんさん。じつは、今の暮らしは大人になって始めたことではない。物心ついたときから自給自足で育ってきたのである。

げんさんが耕作している田んぼ。山間の限界集落で、田んぼをやっているのはげんさんだけ。

 

学校よりも農作業。父と6人兄妹の自給自足

 大森さんの住まいから2kmほど離れた山間の谷に、ポツンと1軒の空き家がある。げんさんの実家、あーす農場だ。

 げんさんは4歳のときに、当時住んでいた兵庫県西宮市から家族でこの町に引っ越してきた。げんさんのお兄さんがアレルギー体質だったため、父が自分たちで食べ物をつくろうと決意しての移住だった。自給自足はそのときから始まった。田畑で米や野菜をつくり、ニワトリ、ブタ、ヤギなどもいて、水力やバイオマスによる発電も。農業機械は小さな手押しの耕運機1つで、田植えも稲刈りも家族総出の手作業。6人兄妹でげんさんは上から2番目の次男だったが、10歳のころに母親が家を出ていったこともあり、少年の日々は家の雑事と農作業に明け暮れた。

「朝から晩まで草取りしていた記憶しかない。それから週に1回石窯でパンを焼いて、冬は炭焼きもやっていました。炭材にする木を切り倒すのはノコギリ。1日がんばって6本倒すのが精いっぱいです。父が教育に否定的だったというのもあるんですが、食べるためには農作業をしなくちゃいけないから小・中学校もまともに行ってない。読み書きはちょっと苦手なんです」

 そのことを笑って話せるようになったのは大人になって、しばらく経ってからだ。

 中学卒業後は通信制の高校に通うが、そこでふと将来何をやりたいのか、何のために勉強しているのか、という根本的なことを考える。

「生活に必要なお金を得るために会社勤めをするつもりはなかったし、何か資格を取りたかったわけでもない。改めて自分が何をしたいのか、どうすれば生きていけるのか考えたら、結局食べるものがつくれればいいわけで、農にかかわる仕事をしたいと思ったんですよ。それで高校に行く意味を失って退学しました」

 自給自足を実践していたあーす農場では、NGOとも連携して国内外から多数の研修生を受け入れていた。その縁もあってげんさんは19歳のときにパプアニューギニアの研修ツアーに参加。そこで出会ったのが梨紗子さんだ。

「ニューギニアの文化に興味があってツアーに参加したんですけど、そこで彼がちょっと変わった暮らしをしていると聞いて、そっちにも興味を持っちゃって。それで彼が暮らす環境を見たくて、参加者の何人かでツアーの打ち上げをあーす農場でやることにしたんです」

 将来の自分を模索して通信制の高校を中退したげんさんと同じように、当時、美大で油絵を学んでいた梨紗子さんも、また卒業後の進路に迷っていた。絵を描き続けていきたいが、それで生計を立てるのは難しい。生活のためにアルバイトをする絵描きは多いが、お金のためだけに興味がないことをしたくはなかったし、それでいい絵が描けるとも思わなかった。そんなタイミングで訪れたあーす農場で梨紗子さんの心の隅に漂っていた霧が晴れた。

「緑あふれる山の清らかな空気とか、足の裏から伝わる軟らかい土の感触とか、穫れたてのみずみずしい野菜のおいしさとか、そういう自然の恵みに自分の細胞の一つひとつが喜んでいるような気がしたんです。暮らしに必要なものを自分たちでつくって、そういう生活のなかで絵を描いていけたら、それは素晴らしいことなんじゃないかって」

 卒業後、あーす農場の研修生となり、翌年にげんさんと結婚。時期を同じくして家づくりも始まった。

「あーす農場に研修に来ていた子がこの近くに廃材で家を建てたんです。それを見て自分もやりたいなと思って」とげんさん。

 そして、家づくりに必要なつながりを持つために解体屋でバイトを始めると、間もなく適当な物件の解体があり、その材料をそのまま家づくりに使えることに。

「親方に相談すると、柱や梁はもちろん瓦1枚までていねいにばらしてくれて、ほとんど移築に近い形で今の家を建てることができたんです」

 それが2003年、げんさん21歳のときだ。あーす農場から独立し、自分たちの新しい暮らしがスタートした。

料理は薪を使ってかまどでつくる。ガスはなし。電気は冷蔵庫や洗濯機にちょっとだけ。

薪焚きの五右衛門風呂。壁には水や緑や虫が、天井には星空が描かれた手づくりのお風呂。

梨紗子さんの作品が飾られた約3坪のギャラリー。窓から見える景色も1枚の絵のよう。

アトリエで作品を制作する梨紗子さん。身の回りの草木を題材に油絵で。植物も光も水、人工物もすべてつながりめぐっている。だからすべてを大切にしたいという想いで描いている。

子ども部屋と梨紗子さんのアトリエになっている小屋。薪はストーブ用、かまど用、お風呂用で樹種や長さを分けている。

げんさんが主に廃材を使ってセルフビルドした子どもたちの小屋。ロフトもある。

 

信じることの大切さに気づいた三男の自宅出産

 今、げんさんは田んぼ6反、畑2反5畝を耕し、ミツバチを飼育し、月2回石窯でパンを焼いて、調味料やお茶や保存食なども手づくりし、それらで家族の食の大部分をまかなっている。冬は山仕事。薪やキノコのほだ木を切り出したり、間伐して道を整備したりする。里山はそうやって人の手が入ることで自然が保たれ、自分たちの暮らしに必要なあれやこれやを供給してくれるのだ。山が豊かであればこそ、田畑の作物も豊かに実る。自然はすべてつながっていることをげんさんは知っている。

 そんな暮らしで得る収入は、自分たちで消費しきれない分の米や野菜やパンなどを販売して得るささやかなもの。

「お金を使うのは車関連と衣類と月々の通信費くらいかな。光熱費は電気代が月2000円程度。基本的には自分たちでつくるものや、身の回りにあるもので生活できるので、お金は気持ちよく使うことにしています」とげんさん。

少年の堂々とした構えを見よ。このあと軽く振り下ろした斧で丸太はきれいに割れた。その姿を見守る兄と学ぶ弟。

 農作業は3人の子どもたちと一緒にやることも多い。といっても、もちろん平日は学校に行っているので天気のいい土日だけだ。子どもたちでもできる2〜3時間の作業で、その間自然のことや学校のことなど、げんさんや子どもたちがお互いに伝えたいことや、知りたいことを何でもいいから話しながら手を動かす。仕事が終わればささやかなご褒美も。子どもたちも楽しく作業できるし、やる気も出る。

「僕は、子どものころからずっと自給自足のようなことをやっていたけど、父はすぐ感情的になるので、農作業をしていてもいつもどこからか怒鳴り声が聞こえた。その影響を受けていたんでしょうね。僕も子どもができてしばらくは気づかないうちにそうなっていた。ところが三男を自宅出産したときに気づかされたことがあるんです。命って母と子の息があって生まれてくる。父親ができることって、信じることだけなんですよ。心の底から信じる。それがわかったとき改めて父親になれた気がして、それから子どもとの接し方が変わったような気がします」

 大森家の子どもたちは、げんさんと梨紗子さんを「げん」「りさ」と名前で呼ぶ。親と子であると同時に、当たり前のことだけれど人として対等なのだ。

居間でキャラクターのカードを並べて遊ぶ子どもたち。日当たりのいい縁側がみんなのお気に入り。

 

目の前のことをていねいにやっていけば、先が見えてくる

 2016年、げんさんのお父さんが亡くなった。以来、あーす農場は空き家になり、兄妹はげんさんを除いてみんな地元を離れた。農的な暮らしをしている人は誰もいない。

「僕が、今もこうして子どものころと大きく変わらない生活を続けているのは、根本的な部分でそれが暮らしの基礎であることを知っているし、同じ方向を見ている妻と出会えたから」

 結局、生きていくことは、1日働いていくらという収入の上に成り立つものではなく、1年間、山や田畑で何をするかであって、自然に従いながら食料やエネルギーが途切れることなく得られればいいのである。人はお金がなくても生きられる。でも、食べるものがなくては生きられないのだ。

「生活に不安ってあまりないんですよ。今の世の中って何でもふたをしてわからないから、見えないから、怖くて不安になる。でもこういう暮らしをしていると全部見える。種を蒔けば実りがあるし、そこに積んである薪がエネルギーになる。山の木々も時期を考えて切ればまた生えてくる。子の代か、孫の代には、その木が使えるようになって、山の自然も維持されます」

家族の食卓。毎日、この時間と笑顔があることが何よりの幸せの証。

ヤーコンのきんぴら、ハクサイのナバナ、ミツバのいそべあえ、ユキノシタの天ぷらなど身の回りにある野草と畑の野菜をふんだんに使ったお料理。

都会育ちの梨紗子さんだが、心とからだが求めていたのは身の回りの自然で必要なものを生み出すこんな暮らしだった。

味噌汁をよそう、つくしくん。兄弟は家の中で自分がやること、できることをそれぞれ進んでやる。

ツクシのはかまを取るかやくん。

 イメージを持って目の前のことを一つひとつていねいにやっていけば先は見えてくる。人が安心して生きるためには、そうやって自然のリズムと生活がつながっていることが大切なのではあるまいか。

「子どものころの自給自足ってホントに大変な思い出しかないけど、今はこだわってこういう暮らしをしているわけじゃない。やりたいことを家族で楽しくやっています。生きるために1年間をどう過ごせばいいか、その時間の流れは父がコツコツ教えてくれた。学校にはあまり行けなかったけど、感謝しています」

 自給自足というのは、つまり生きていくための知恵と技をどれだけ持っているかということだ。身の回りの自然を知り尽くし、種から小麦を育ててパンを焼ける人は、世の中が不安に覆われても、きっと戸惑わない。その日やるべきことをきちんとやっていれば、また来年もおいしいパンが食べられるのを知っているから。

「子どもたちには、ここでの暮らしを生きる知恵として持っていてほしい。そして自分の好きなことや、やりたいことが見つかったら、それを思いっきりすればいい」とげんさんは話す。

文/和田義弥 写真/田中秀宏

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