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田舎暮らしの本 6月号

4月30日(土)
850円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

「生活」と「人生」(2)/自給自足を夢見て脱サラ農家36年(18)【千葉県八街市】

中村顕治

 人間の一生は生活と人生に区分される。日々を、きっちり、平凡に、ごはんを食べて暮らしていくのが「生活」。対して、ある志を持って、生活の場を飛び出してでも生きようとするのが「人生」。遠藤周作氏の作品を援用するかたちで前回、僕はそんなことを書いた。今回、もう少し、その続きを書いてみようかと思う。田舎暮らしの本質についても考えてみようと思う。

 百姓という本業の他に主夫業を兼ねる僕は、たぶん、世の多くの男性よりも「生活」に費やす時間が長いのではあるまいか。もちろん、最近の若い人は育児を含めた家事を進んでやるそうだから一概には言えないが。洗濯、ゴミ出し、食事作り、食器洗い、掃除、布団干し、来客への応対、そして買い物。ひとつひとつを子細に見れば、ああ、なんとも雑だねえ。四角い部屋を丸く掃く。洗濯物は畳まず、段ボール箱に投げ込んでおく、茶碗や皿にはまだ汚れ残りがこびりついていたりもする・・・もしそんな雑な作業を、報酬を受け取る勤め人としてやったなら、たぶん僕はすぐクビになるであろう。でも、なあに、大丈夫さ。ここでは、社長兼従業員というのが僕の肩書なのよ。社長が「よろしい」と言えば、それですんでしまうのだ。自営業には、経営維持のキビシサがまずある。と同時に、どうやろうとオレの勝手さ・・・などという、ちっこい自由、あるいは傲慢さもある。その二面性がほどよく混じり合う百姓兼主夫という我が今の暮らし。

「生活」と言えば、まずは食うこと。週に1回平均で僕は荷物を出しがてらスーパーに行く。そして最近、実感する。何もかもが値上がりしてきたなあ。さまざまな理由があるらしい。燃料の高騰。気候変動や国際紛争。人口増加国での需要増加。野菜と果物と卵は自給という僕でも食べ物にかかる支出は確実に増えている。会社勤めの人の負担はもう少し大きいだろう。食品だけではない。ガソリン、電気、ガス、水道の値上がりも影響は大。僕は幸い、車は軽トラだし、水道は井戸ということで負担は少ないが、電気とガス(プロパン)は値上げの波を避けられない。電気は基本、太陽光発電でまかなう。ガスも、煮物の多くをその電気でやることで出費を抑えるように努めているのだが、あいにく、昨年末から40日余り、日照時間が短く、太陽光発電は不調だった。その結果、つい先日届いた1月から2月にかけての請求金額はふだんの月の倍にもなっていた。こりゃいかん。挽回せねば・・・。

 太陽光発電というのは、コードをつなげはそれですむというものではない。ソーラーパネルの方位が違う。すなわち、同時刻でも、10ある発電システムの発電量がそれぞれ違う。だから考えねばならない。今このシステムは冷蔵庫には使えるが、800ワットの電子レンジ、あるいは圧力鍋や電気ケトルには使えないな。畑仕事をしている間に煮物を作っておこうという場合、バッテリーの電圧表示を見て判断するわけだ。これがけっこう手間だ。冷蔵庫が3つ。他にインターネットや電話の回線、パソコン、テレビ、室内灯、珈琲メーカー、鯉やドジョウのいる水槽の酸素ポンプ・・・その日の天気、すなわち発電状況に応じて何をどのシステムに接続するか、畑仕事で行ったり来たりする合間に僕は判断し、対応するのだ。電気切れの警報音で慌てて畑から駆け戻ったりすることだってある。逆に、一気に光が強くなったら、過負荷になったインバーターが自動でストップしてしまうこともある。しかし、この慌ただしさも「生活」のためだね。たとえ節約できるのは月額6000円といえども、きちんと対応すれば確実に支出を減らすことができるんだから、面倒くさがってはいけないぞ。

太陽光発電

 3月5日。春一番が吹いた。そして、僕の耳たぶに1月からずっとあった、かさぶたの、その最後の1枚が取れた。今はもう、霜焼け、あかぎれというのは、無縁な人が多いのではないか。しかし僕は、この両方ともに毎年悩まされる。今年みたいに寒さが続く冬だとかなりひどくなる。乾燥注意報が連日出る気候だと手荒れは皆さんが想像するよりはるか、ひどくなる。長時間、土を触る作業は皮膚の水分を土が吸い取ってしまうらしいのだ。耳の霜焼けは痒さから始まり、少し腫れぼったくなり、毎晩、寝床で痒くなり、やがて、かさぶたになる。春に向かってすこしずつ、そのかさぶたが取れていくのだが、偶然にも、春一番が吹いた今日、最後の一片が取れたというわけだ。

農業

 春一番は冬の終わりを告げるものだから悪い気分じゃない。ただし・・・瞬間風速20メートルという風が1日吹き続けると畑の様相は昨日と今日で一転する。少量多品種を売りにする百姓にとって、在庫が逼迫するのは毎年2月から3月にかけてだ。その逼迫を、少しでも避けるために欠かせないのがビニールハウスとビニールトンネルだ。僕は経費削減と、なるべくゴミを出さないという気持ちでもって、古くなったビニールを何年も洗って使う。ツギハギにすることもある。例えば10メートルのトンネルがあるとする。手元には5メートル余のビニールが2枚ある。その2枚をパッカーでつなぐのだ。穏やかな天気だとそれで十分に役立つが、いざ、20メートルという風が1日吹き続けると、もうたまらない。ビニールがパッカーで固定されたままのトンネルパイプが土から抜け上がり、絡まり合い、まさに戦場みたいな風景が目の前に広がる。野菜の出荷を終えた午後4時から2時間ほど、原状回復に奔走する。正直いくらか落胆の心はある。だが、せっかくの苦労が・・・などと地面を叩いて悔しがるなんてことはしない。淡々とやる。良い方に考えることだってある。この、発芽から間もないホウレンソウ、ちょうどいい機会じゃないか、ビニールを元に戻す前、草取りをしておいてやろう・・・「生活」とは、平凡な日常から目を逸らさず、次々とやってくる難事にも穏やかな心で向かい合うこと。それでもって、生きるための糧を確かに手に入れようとすることなのであろう。

農業

 3月7日。キリリと寒い朝を迎えた。つい一昨日は春一番だった。三寒四温というが、春はまっすぐにはやって来てくれないネ。作物の管理は今がいちばん難しい時だ。昼間の光は豊かだからビニールの裾を上げて温度調節せねばならない。そして冷え込みが忍び寄る夕方になったら閉じる。トンネルとハウスの数はかなりだから朝と夕はこれにだいぶ時間を要する。それだけじゃない。うちには自由往来の特権を持つチャボがいるから、裾を上げたビニールはネットでふさぐ必要がある。さらに、今年は雨が少なく、乾燥状態が続く。水道ホースの届かない遠方は、両手にバケツを下げて何度も往復するのだ。冬から春先にかけての作物確保は体力勝負、そして、めげない心である。

農業

 今日は発送荷物を作り終えたのが4時。それからイチゴの草取りをやり、発芽から半月というホウレンソウに土寄せなどして日暮れ・・・、でも、このまま部屋には戻りたくない気分だなあ。午前中少しやりかけたミツバチの巣箱作りにとりかかる。今週末は気温が20度に達するらしい。そして間もなく桜の開花。ミツバチの「分蜂」は、ほぼ桜前線に重なるらしいから、それまでに準備を完了せねば・・・そんな時間制約があってのことでもあるのだが、実際は、これが楽しいから、これをやると気持ちが晴れるから、すなわち、やりたいから僕はやる。午後4時までの畑仕事を「生活」だとするならば、はたして成果があるのかわからないハチミツをなんとか手に入れようと巣箱作りに奮闘する。ひょっとしたらこれを、我が「人生」だとしてもいいかもしれない。胸の内にひそむ軽やかな音符。それが暮れ行く五線譜の空に舞い上がっていく。明かりをつけてなお、僕は工作に励む。鼻歌も出た。悪くない。巣箱作りは午後7時まで続いた。

才能とは能力ではない。やめられない性格のことだ。

 朝日新聞の夕刊に「一語一会」という僕の好きな連載がある。今回の話の主人公は日本語学者・金田一秀穂さん。なんとなく研究者の道に進もうかと思っていたが、研究の道が自分に向いているのかどうかわからなかった金田一氏は、大学卒業近い頃、卒業論文の指導教授に聞いたそうだ。「研究者に向いているでしょうか。才能あるでしょうか・・・」と。教授は「わからない」といったん言ってから、こう続けた。

「才能というのはね、能力のことじゃないんだ。どうしてもやめられない性格のことなんだよ」

 指導教授の名前は小木貞孝。このお名前、僕もすぐにはわからなかったが、加賀乙彦と聴いて、ああ、そうだったのかと思った。僕は若い頃、その作品を、いくつか読ませていただいた。その加賀乙彦氏は、東大医学部に入り、フランスに留学し、精神科医として活躍。一方で、上智大学の心理学教授の職も務める。長く作家活動を続ける。そんな加賀氏の言葉が金田一氏の胸を打ったということだ。

 才能とは能力ではない。それが好きで、のめり込んで、どうしてもやめられない性格のこと。金田一氏は恩師の言葉の後に、こうも語る。

研究活動でも、芸術でも、スポーツでも、ひとつのことを一心に続ける人たちを周囲は尊敬のまなざしで見つめる。あの人は決してあきらめない。持久力がある。不断の努力だ。すばらしい・・・でも、そうじゃないんですよ。やめたくてもやめられないの。どうしてもやってしまう。それを先生は言ったんですね。

 ふと、僕は思った。この言葉を、田舎暮らしに当てはめて考えたらどうなるか。最初の田舎暮らしから通算すると43年。会社を辞めて百姓になってからでも35年。その間、いろいろあったけれど、やめられない、止まらない♪ カッパえびせんみたいだったなあ、オレの半生は・・・今、そんな思いが僕はする。20代、インチキ不動産屋に半分騙される格好で長野の山中に土地を買い、ノコギリひとつで小屋を建てる。30代初め、素人は農地を買えないとは知らず、仮登記で農地を買う契約をして頭金を支払い、ひと悶着。さらに、毎日、毎日、新聞の不動産ページの3行広告を見て、現地に足を運ぶこと無数・・・「田舎暮らし」という意思を僕は持ち続けた。そして最初の田舎暮らしを実現した。そうしたら、もっと上を目指したいという情熱が芽生えた。ついにたどり着いたのが今の我が暮らしというわけだ。

 さてそこで、もしこの僕が、いま田舎暮らしに関心を抱くアナタの「卒論指導教授」であったならば(ちょっとトシ取り過ぎているし、常識ハズレなところもある教授だが、それには目をつぶって ネ)・・・どんなサジェスチョンをするか、どんな判定を下すか。自分に田舎暮らしをする才能や資格があるでしょうか、そう自分に問われたら、何と答えるか。

養蜂

 すでに田舎暮らしを実践している人がテレビに出たりする。その、かなりカッコイイ、美しい生活の風景を見て感動する。わあ、いいなあ、自分もやってみたい。一瞬ふわふわした気分にはなるけれど、その気分は一時的なもの。番組が終わったらすっかりそんなことは頭から消える。テレビのチャンネルはお笑い番組に変わっている。もしアナタがそんな人であるならば、この卒論指導教授は成績欄に「丙」と記入する。昔の成績簿は甲乙丙で記されていたのだが、そんなの古すぎるよというならば、では、優良可不可の「可」ではいかがか。そう。田舎暮らしという夢を現実のものとするには、一瞬の酔いくらいで気分高揚という程度じゃダメなんである。いっときもそれが頭から離れない、それでなくてはいけない。まだアナタは気持ちだけで、現実やってはいない人だから「やめられない性格」という言葉は当てはまらないかもしれないけれど、田舎暮らしをしたいという思考を「やめられない」人であってほしい。単純明瞭、一直線な日常生活こそが、何事であれ、夢の実現の絶対条件であるとこの教授は考えるのである。

 そのうえで、情報収集には大いに励もう。ふわふわと気分よくなる美しい場面にばかり視線を向けるんじゃなく、田舎暮らしの、都会とは違うマイナス面にだって目を配る冷静さも身に着けよう。もう50年近い昔のことだ。九州の山村で田舎暮らしを始めた男性が新聞で大きく紹介されていた。パソコンなどとは無縁の時代だ。僕は毎日新聞社宛てに事情を書いた手紙を添え、記事に紹介された男性宛ての手紙を転送してくれるように依頼した。やがて、都会から山村への移住のプロセスを記した丁寧な返事がその方から届いた・・・。田舎暮らしに限った話じゃないけれど、人生、万事、刹那的な快感に身や心をゆだねて、あとはケロリと忘れてしまうというのがいちばんいけない。そういう人だと、人の世には思いもかけない出来事が少なからず生じるわけだから、そのとき、踏ん張りがきかない。俵に足をかけて、うっちゃりで勝利・・・なんて可能性は薄く、あっさり寄り切られて黒星ということになってしまう可能性が大なのだ。

 金田一秀穂氏の「一語一会」には、「考えすぎず 楽しむべし」という見出しがついていた。考えすぎずと言うとお気楽なニュアンスもあるが、この場合、アナタが、それを、好きであるならば、やりたいならば、迷わず、考えすぎず、進めばいいじゃないですかというのが本旨だと僕は思う。とともに、いかなる道に進もうとも、「この選択は間違いではなかった・・・」そう思える人というのは、時間をかけて事前に情報を収集し、コツコツと努力を重ねているものである。「一語一会」では米国の心理学者が書いた『GRIT』という本に関する話が小さなエピソードとして挿入されている。グリットとは「情熱と忍耐」、「やりぬく力」という意味らしい。これも、田舎暮らしに当てはめて考えるならば、アナタの、夢を実現したいという「情熱」は強く、ずっと、持ち続けよう。そして、めでたく夢が実現した後にきっと訪れるあれこれの問題には忍耐で対応し、ともかく、やりぬくのだ。そしたらきっと、「この道に進んでよかった・・・」という喜びの心が必ず生じてくる。

農業

 いっせいに開花の時を迎えた梅の花と青い空に目をやりながら、この老教授は、そっと胸の内でつぶやく。学生諸君。田舎暮らしはタフだ、でもチャレンジングだ。心ある人には悪くない未来ですぞ・・・。暮らしの中に派手さはないネ。カネ回りも良くないネ。それでいて、人を、ゲジゲジか、ダンゴムシか、ムカデかアリか、ミツバチみたいにしてくれる。ゲジゲジやダンゴムシを見下しているわけじゃない。どころか、彼ら虫たちの、優れた季節感覚、迷いのなさ、懸命さ、そして自由さ。そういったものをいつしか我が身に着けてしまっている、すなわち、昔の自分は人間であったはずなのに、気づけば虫みたいな生活をしている。それこそがまさしく田舎暮らしなのだと、この老教授は考えるのだ。卑近な例え話ならもっとわかりやすいかも。肩こりや便秘に悩む虫はいない気がする。ウツウツと暮らしている虫の顔も僕は見たことがない。田舎暮らしとは、ひそやかな自由と面白さに、気が付いたら取り巻かれている。自分も地を這う虫になっている。都会では「大きな意味」を持っていたものが妙に小さくなり、「小さな存在」だったものがけっこう大きな意味を持って今自分の目の前に現れて来ている。・・・そういうものらしいのである。

 3月8日。小さく、冷たい雨がシトシトと降り続いた1日。雨をよけて倉庫の隅で僕は荷造りし、ハウスの中での草取り作業なんかもして、さて、いつもの軽トラでの腹筋にかかろうかと、ふと見ると、用意した荷物がそのままになっている。あせった。明日の到着を約束しているお客さんだ。もう6時を過ぎている、部屋に駆け戻り営業所に電話して、ストレッチしながら待つこと30分近く。顔見知りのドライバーが恐縮し、事情を説明する。遅くなりますと電話を入れたらしいが、まだ畑にいた僕にはコールが聞こえなかったようだ。トラックの後部ドアを開くと、目の前には大きな段ボール箱の山だ。そうか、これで遅くなったのですね・・・。担当ドライバーは、これから営業所に戻り、この大量の荷物を下ろして仕分けする。コロナ禍とも関係し、宅配荷物は増加の一途だと聞く。ドライバーたちの奮闘が、それを支えているのだ。ありがとう、遅くまでご苦労さま。そう言って僕は部屋に戻って風呂と夕食の支度をしながら、彼が自宅に戻るのは何時頃になるのだろうかと、ふと考える。そこにはまさしく「生活」があった。僕は冷たい雨の中で野菜を収穫し、箱に詰める人。その箱を、彼らドライバーがいつも運んでくれている人。まさしく、人の暮らしの根幹、大部分の時間が「生活」の維持に費やされるのだ。

どこに就職しても、仕事を覚えてきた頃になると「こんなことをして意味があるだろうか」と思えてウツウツとしてしまい、辞めてしまいました。接客業をしていても、上の人が言っていたような「お客さまの笑顔が喜び」という気持ちにはなりません。ものを作る仕事は、「これもいつかゴミとして捨てられる」と思えてむなしくなります。花に水をやって育てるのさえ、「いつか枯れてしまうから、しんどいな」と思います。インターネットで芸能人の不倫の話を見ているうちに、自分の恋愛でも、「この人もそのうち私に飽きて浮気をするのに、いま時間を作って会うのが面倒くさい」と考えるようになりました・・・。

 ちょっと長い引用になってしまったが、今日の新聞の人生相談である。「どうすれば、いろいろなことに意味を見出し、長続きさせることができるでしょうか」、そう問いかける相談者は30代で求職中の女性。省略せずあえて僕が相談全文を引用したのは、見事に、世のあらゆることをネガティブにとらえているのを読者にも紹介したかったゆえである。われら、誰でも、ひとつやふたつ、世の中のことに背を向けるヒネたところはあるけれど、ここまで徹底する人は珍しい。花に水やりすることさえしんどいだなんて・・・。僕も少しばかり鉢で花を育てている。毎日氷の張る寒さだったころ、陽が高くなる時刻に庭に運び出し、夕暮れの空気が冷たくなる前に部屋に取り込む。寒い思いをさせたくないという花への愛情らしきものがある。春爛漫となれば、その花々たちが我が心に安らぎをきっと与えてくれるという期待もある。花に接する日々。それに手をかけるいくらかの苦労。それはまさしく「人生」ではないか。厳しい寒さを乗り切り、花とともに明るい春を迎えたい。そのためにせっせと水やりし、重い植木鉢を朝夕かつぐ。それが「人生」というものじゃないか・・・。だから僕にはこの女性の心が不思議にさえ思われた。たしかに、花も人間も、いつかは枯れる。その終末を先取りして無常観を覚え、なすべきことをなさないとは本末転倒だ。いずれは枯れるからこそ、1日でも長く生きようとする。ただ長くではなく、日々を、その瞬間、瞬間を大事にして、花や、虫たちや、流れる空の雲や、ミレーの「晩鐘」さえ想わせる落日の光とともに生きてゆこう。それが「人生」というものではないか・・・この老教授はそう思っているわけだが、いかがであるかな、学生諸君。

 この人生相談に回答するのはマラソンランナー・増田明美さん(余談になるが、まだ30代だった僕は高校生の増田さんと同じレースを走ったことがある。とてもかなわない彼女の快走だった・・・)。その増田さんはまず、相談者は「先に結果を考えてしまう。結果よりも、そこに至るまでの道のりの方が楽しいことっていっぱいありますよ」と答え、続いてこう書く。

生きることを楽しむためには体力が必要です。特にあなたには今、体力が不足しているのではないでしょうか。色んな事に対する意欲は、体力から生まれるものです・・・。

 ああ、増田さんならではの回答だなあ。僕はまずそう思う。そして、一昨日の「才能とは能力ではない。やめられない性格のことだ」を思い出したのだ。あの話は、「性格」に焦点が当たった精神論のようにも思われるが、僕は考える。「やめられない性格」、それを背後から支えているのは体力なのだと。レスラーやラガーマンみたいな体力は必要ない。しかし、ひとつの事柄を、昨日も今日も、また明日も、飽きることなく、意欲をもって取り組むに欠かせないのはしぶとい体力なのだと僕は思う。加えてもうひとつ。人はみな、「生活」の維持のために働く。労働と引き換えにお金を得て暮らしを成り立たせる。世の中には楽しい仕事ばかりではない。心が弾むばかりでもない。それでも働くのは「生活」の基盤を確保するためだ。その「生活」の一端に「人生」がある。相談者の花を育てているという場面はささやかな「人生」であろうかと僕には思われる。ところが、いずれ枯れるだろうと思って、水やりさえもしんどくなる・・・。そこで僕は考えたのだ。体力不足が限界に達すると、それが万事への意欲、つまり精神の委縮という影響を及ぼす。卵が先か、鶏が先か・・・この言葉にならって言うと、人の暮らしは体力が先か、精神が先か・・・36年になる田舎暮らし、百姓暮らしに照らして考えた僕の結論は「体力が先」。さまざま降りかかって来る「地べた暮らし」における想定外の出来事は、精神だけでは対処しきれない。車に例えれば、精神はハンドルやアクセルペダルであろう。しかし、それだけでは車は動かない。ガソリンを入れて、エンジンを稼働させる。ともかく前に進む。それが体力である。

 こんなことを書いていて、ふと思い出した。田舎での農業生活を10年足らずでほとんど投げ出してしまった人がいる。この方は、折に触れて田舎の悪口を言う。よくもまあここまで、感心するほど田舎人を蔑み、自分の立派さを誇る。しかし現実は、他の誰が悪いのでもない・・・体力・気力の不足で彼は労働の継続が難しくなったのだ。そりゃそうだろう、1日に4回も5回もブログを更新する。深夜1時、2時の更新というのも珍しくない。その時間をつなぎ合わせたら、いったいどれだけの畑仕事をやったことになるというのか。ほとんどやってないじゃないか・・・経験者ならば「そのやってるフリ」がすぐわかる。

 田舎人を蔑む彼のその論調に、田舎を知らない「都会人」が手を叩く。そうです、そうですと喝采を贈る。それが僕にはとても腹立たしい。ゆえに、他人の言動をふだんとやかく言わない僕なのだが、あえてここに書く・・・その都会人の喝采でもって、彼はさらに気を良くして舌鋒鋭く、堅実な田舎における「生活人」への批判を繰り返す。オイ、そんなことばかりしているから、キミ、ますます体力が衰え、百姓暮らしどころではなくなるんだよ・・・。この話、田舎暮らしを考える上でとても大事なことだと僕は思うから、日を改めて書くつもり。

農業

 3月12日。気温が20度を超えた。今冬初めて電気アンカを使わない朝を迎えた。厳冬期、我が寝室は2度。布団や毛布を重ね着するだけでは足先が温まらず、太陽光発電につないだ電気アンカが僕に心地よい睡眠をどうにかもたらす。そのアンカなしの初夜が昨夜だったのである。

 ハウスの中で育てているキャベツとブロッコリーの苗。間引きを兼ねてポットに移す作業をやる。それからハウスのビニール張り替え作業にかかる。今年になって4つ目、かつ最後の張り替えだ。ここにはトマトとピーマンを植えようと思う。両サイドがヤブ状態なのでハウス内部だけでなく、ビニールの裾部分をきれいにするのにかなりの時間を要した。

農業

妻はもうすぐ70歳。社交ダンスとカラオケ教室に通っており、楽しそうです。起床すると社交ダンスやカラオケの仲間とグループLINEを始めます。仲間たちとランチやディナーに行き、ワインで酔って帰ることも。わたしはその間、冷凍食品やカップ麺を食べ、カップ酒で独り言。寂しくみじめです。以前は夫婦でよく話したのですが、最近は会話も減って寂しいです。社交ダンスやカラオケの衣装に何十万円も使っているようで、それも気になります。しかし、妻は現役時代から私より収入が多く、年金も多く、文句を言える立場ではありません。妻の人生は自由だとわかっていますが・・・。

 またまた、本日僕が目にした人生相談である。相談者の男性は僕よりもちょっと若いくらいの方か。妻は家におらず、男性はカップ麺にカップ酒。そして独り言。読む者の心にも寂しさがこみあげてくる。この問題、どうしたものか。何か解決策はあるのか・・・。思うに、奥さんはしっかりと自分の「人生」を生きている。対してご主人は「生活」にへばりついている。なかなかに溝は深い。夫婦いずれかが「人生」を生き、もう一方が「生活」を生きる・・・自分自身の過去を想いつつ、こうなると難しいんだろうなあと僕は考える。夫婦のパターンて何通りあるのかな・・・。夫婦ともが「生活」派。夫婦ともが「人生」派。夫が「人生」派で妻が「生活」派。妻が「人生」派で夫が「生活」派。余計なことを付け加えるならば、夫婦そろって「ぐうたら」派・・・なんて組み合わせも、世間にゃ、もしかしたらあるかもしれない。

 最近僕は、「夫婦といえども元は他人、別人格」という、定番とも言えるこの表現をかみしめて考えるようになった(たぶん年齢のせいだと思うが)。食べる物だとか趣味だとか、読書や音楽の好みだとか、周囲の人への対応の仕方だとか。それが夫婦で一致するなんてあるはずもない。それでも、うまくいっている夫婦は少なくない。たぶん、どちらかが譲歩しているのだ。単に譲歩するだけではなく、アナタが嬉しそうにしていると、ワタシも嬉しい、アナタの幸せはワタシの幸せ。そんな大人の成熟した精神がそうさせているのだ。

 この人生相談の男性はどうすべきか。楽しそうにしている妻を見るのは嬉しいという心境になる、それが最も理想的だろう。と同時に、カップ麺はやめて、材料の調達から始めて台所に立ってみてはどうか。毎日、毎日、何をどう料理して食べるか。それはけっこう大変である。しかし、楽しむつもりなら大いに楽しめること、それが料理というものでもある。孤独とは、単に一人でいるから孤独ということではない。最も寂しい「孤独感」とは、例えば家庭があり、自分の周囲に何人もの人がいるにもかかわらず抱く孤独感・・・こんな表現を何かで読んだ記憶がある。なるほど、孤独とは、物理環境でもって言うのではなく、内面の意識の問題なんだな。人生相談の男性は、妻のいる身でありながら孤独感を抱き、寂しい独り言を口にしながらカップ麺をすすっている。そんな「生活」を見直し、勢いよく新世界に飛び出して行く勇気が欲しい。いや、勇気というよりも体力だ。体力がつけば、「生活」から「人生」に向かって羽ばたいて行こうかという気にもなるはずだ。この男性に対する僕の提案は、まず古着屋で派手な、ピンクっぽい上下を手に入れて、それを着てカラオケに行くことだ。バッグにはカップ酒を忍ばせておくことを忘れずに。そして大声で歌うのだ。ただし、奥さんが通うカラオケ教室にだけは間違っても行っちゃダメ。そんなことしたらいよいよ夫婦関係は破局を迎える。

農業

 3月14日。一気に気温が上昇した。日の当たらない室内でも21度ある。つい5日前には、薄いけれども氷の張る朝だったというのに・・・。しかし、まっ、仕事をするには寒いよりも暑い方がいい。野菜たちも喜ぶ。今日はまずミツバチの集合板を取り付ける作業から始める。ミツバチが元の巣から別れて独立することを「分蜂」という。女王蜂に導かれた集団は、新しい巣が見つかる前、太い木の枝に固まり、偵察隊からの報告を待つ。この行動を誘導しようというのが「集合板」だ。提灯みたいになった蜂の集団を、この集合板ごと、あらかじめ用意してある巣箱に移す。目論見通りにいく可能性はかなり低そうだが、何でもやってみないことにはどんな結果になるのかわからない。今日、カボスの木に縛り付けたのは3つ目の集合板なのである。

 さてと畑だ。ジャガイモの芽かきから始めよう。正月早々にハウスに植えたジャガイモ。僕の期待通りに大きく育ってくれた。まだ小さいながらも、なんとか出荷できるサイズになるのは来月末だろうか。同じころには、やはりハウスの中で育てているエンドウ、大根、イチゴが収穫時期を迎える。タケノコも最盛期を迎えていよう。この顔ぶれでどうにか商品の数が整う。前にも書いた。売り物を途切れさせないための工夫と苦労。すべては「生活」のためである。

農業

 別なハウスに向かう。このハウスにはカボチャと人参とインゲンが同居する。カボチャはあと半月あまり、すなわち4月に入る頃まではハウスの中で成長させる。ツルが1メートルくらいまで伸びたところでハウスの外に誘導する。ああ、この大きさにするまではひたすら辛抱の日々だったなあ。プラスチックの円筒カバーを掛ける。その上から毛布を2枚掛ける。零下の気温をなんとかこれでしのいだのだ。初花が咲くのは4月の下旬。最初の収穫は5月の半ば・・・これが僕の目算だが、さて、どうなるか。

農業

 同じく新年早々に種をまいた人参は最も大きいもので10センチの丈まで成長している。ハウスの中は乾燥が激しい。そして人参は、乾いた土では成長が鈍るものだ。毎日、夕刻、両手にバケツを下げて、水やりに励んだ。成長スピードについて考えてみよう。1週間という時間での成長率を10%と仮定しようか。元の大きさが1センチだと1週間後の成長は1ミリだ。2センチになったら2ミリ。今10センチにまで育ったものは、水やりさえ怠らなければ来週には10センチ10ミリに達するということになる。

 ひたすら辛抱、根気、やりぬく力・・・人参の場合、それは発芽から1か月余りという時間だった。雑草たちにはハウスの中が心地よく、土の中で眠っていたこぼれ種がいっせいに発芽する。本命である作物は汲々としているのを尻目にどんどん成長する。しっかりと芽を凝らし、そんな草の中から芽を出している人参を僕はなんとか救い出す。指先を巧みに使い、人参に接している草を、人参を傷つけないようにつまみ出す。同時に、小指の先にも足らない小さな玉土をそっと握りつぶし、幼い人参の根元に寄せてやる。深く土がかぶさると成長が止まる・・・この作業が日暮れ前のルーチンだった。今日まで50日ほど続いた。なんとか赤い人参らしい姿となるのは・・・たぶん1か月後だ。

農業

 同じハウスの中にはツルなしインゲンもまいてある。ここにはずっとチンゲンサイがあったのだが、その隙間のスペースに種を落としたのが半月前。うまくすれば1か月後には花が咲いているだろう(この後ろの方に掲げた写真は開花目前というソラマメである。例年よりだいぶ早い。厳しい寒さが連続したかと思えば、いきなりの夏日でソラマメの花が・・・予測の難しい気候現象である)。

農業

 あれこれの作業をハウスの中でやっている時、市の防災放送が火事の発生を伝えた。火災現場はすぐ隣の地区だ。まもなく何台もの消防車のサイレン音が響き始めた。それを耳にして僕は昔のことを想い出した。最初の田舎暮らし。僕は33歳くらい。団長がじきじき我が家を訪れ、団員になってくれと頼まれた。当時は連日残業で、帰宅は10時近い。消防訓練は毎週日曜日だとのこと。せっかくの休日が訓練でつぶれてしまうのは困るなあ・・・それが本音ではあったけれど、移住者として、何かの形で地区に奉仕するのは義務であろうと考え、入団した。日付が変わる頃の火災発生では、寝床から飛び出し、パジャマを脱いで消防服に着替え、スピードを落とした消防車に飛び乗る。焼け落ちた家屋の現場ではしばらく立ち番の役を果たし、帰宅は午前3時、ウトウトしたらもう出勤の時刻・・・そういうこともあったなあ・・・ビニールハウスの中でサイレン音を聞きながら昔をちょっと懐かしく思ったりもしたのだった。

 田舎とはどんな所か。田舎の人とはどんな人たちか。6日前に途中まで書いた話をここで続けよう。東京での会社勤めを捨て、農業を始めたという人がいる。僕は当初から思っていた。この方はなかなか頭のいい人だ、理系のセンスも豊かで、優れた人だ・・・しかし10年経たずして行き詰る。言うまでもなく、彼に限らず、脱サラ農家というものがうまくいくか、挫折するかはフィフティー・フィフティーだ。地域性がどうか、どんな作目とするか、継続的に顧客は確保できるか、病気せず、当人の体力がずっと続くかどうか・・・いくつかの要素が絡み合って成否が決まる。成功例は数多くあり、失敗例も少なからずある。

 僕は考える。たとえうまくいかずとも、他に責任転嫁だけはしていけないと。苦難に遭遇しても、どうすればそれを乗り越え、出直しすることが出来るかを冷静に判断し、次に進むべきだと。しかし、この方は・・・(脱サラ農家という立場の人間である僕が、同じ仲間である人をとやかく言うのは好ましいことでないのはよくわかっている)。でも1回だけ、許されたし。ふだん他人の言動をとやかく言わない僕だが、あえてここに持ち出すのは、都会からの移住というテーマを考察する上でこの問題は避けて通れないと考えるからである。

 田舎への移住で大事なことは「都会風」を吹かせないことだとよく言われる。僕もそうだと思う。僕には胸を張って語れるような都会での過去はないけれど、仮にあったとしても、それを周囲に匂わせれば匂わすほど人間関係はうまくいかなくなるはずだ。移住後、僕がずっと通したことは、朝、顔を合わせたらおはようございますと笑顔で言うこと。近くの先輩農家が畑で仕事をしているところに通りかかったら、声の届かない距離であっても必ず会釈したり手を上げたりして通り過ぎることだった。都会でも田舎でも、そこに暮らす人間の本質に変わりはないというのが僕の従来からの考え方だが、いずれにおいても、黙って通り過ぎたりしない、笑顔で軽く会釈する、それでもって人間同士のリレーションの基本は生まれるはずだ。

 だが、その方の感情は周囲に対してどうにもキビシすぎる。例えばこんなことを言う。「田舎で頭のいい人とは、ズルして金儲けのできる人のことを言う」、「移住者に真っ先に近づいて来る者には何か魂胆があるか、もしくは卑しい当方への偵察精神があるゆえだ」、「休耕畑を人に貸して、きれいに整備された頃を見計らって契約を打ち切って取り上げる」、「私から見ると、お百姓さんというのはわけのわからん常識で生きている、『別の日本史で生きてきた人たち』でしかない」・・・。

農業

 彼が書くことで、ああ、オレの体験にも当てはまるな、そう思う事柄が僕には全くない。この人の移住した場所というのはよほどおかしな人間が住む所なのか・・・、いやそんなことはないだろう。すべてのはじまりは当人の精神なのだ。他にもまだまだ田舎人への中傷、蔑みめいたことはあるが、いずれにおいても、そこに介在するのは、自分はあんたたちとは違うという優等意識だ。それを証明するのが「見送り事件」のエピソード。彼は言う。会社を辞めて、移住先に向かうその日、重役を何人か伴った社長が上野駅まで見送りに来てくれたのだと・・・。うわっ、すごいことじゃないか。社員1万人を超える大企業である。見送られるのはたかだか30歳をちょっと出た程度の若者である。にわかには信じがたい。大企業の社長はそこまでヒマなのだろうか。もし、そうまで別れを惜しむ優秀な社員であったのなら、会社は給料3倍にしてでも引き留めるべきではなかったか。もし僕がそこまで会社から惜しまれたのなら、上野発の列車から荷物を持って飛び降りて直立不動、「ワタクシ、辞表を、たった今、この場で撤回させていただきます」、涙をこぼしながらそう叫び、社長に抱き着いていただろう・・・。このエピソード、全くの捏造ということでもあるまい。それらしいことはあったのだろう。ただし、都会での自分の優秀さを強調したいがため、実際を何倍にも増幅して書いている。

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 ふだんからの、こうした言動・言説は、知らず知らずのうちに周囲の人間に伝わる。それがいつしか、自分の暮らしの居心地の悪さを生む。居心地が悪くなると、さらに他者に投げつける言葉が激しくなる・・・荒れ放題の原野を、血尿が出るほどに働いて開拓したと彼は書いている。それがうまく行かなくなった、その無念さが僕にはとてもよく理解される。同じ百姓として、いつか立ち直ってほしいとも願う。泣き言、恨み言を繰り返しても人間の暮らしは前には進まないのだから。自分の不如意な暮らしを、朝に晩に、パソコンに向かってぶちまけるというのは何の解決策にもならないのだから。ましてや、午前2時、3時のブログ更新だなんて、不健康きわまりない。それで翌日、まともに畑仕事なんて出来るはずもない。だが、その、とても頭のいい彼の言葉の威勢のよさに、同じく不如意な暮らしをしているらしい「都会人」たちがやんやの喝采を贈る。その喝采が彼の優等意識をさらにくすぐる。うるせえ、黙れ、外野ども・・・。スミマセン、乱暴な言葉遣いをして。でも、後にも先にも、こんなことを書くのは今日だけだから、我が言葉を許されたし。自分の不如意をどれだけSNSにぶつけても、不如意同士がどれだけつるんでも、それは不毛の連鎖でしかない。道は自分の知恵と腕で作るものだ・・・。

 3月16日。少し雲はあるが20度を超える好天気であった。昨日からヤブの開墾に精を出している。概算5×20メートル。隣地はもともと畑だったが、何年か前から地主の姿をパッタリ見なくなった。だから草も木も竹も生え放題。我が土地にも侵入する。一念発起、スコップひとつで50センチの深さまで掘って地中の根を根絶しよう考えたのは、ここにカボチャを這わせる計画が頭に浮かんだからである。

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 体を動かすことはイイことだ。ありったけの力を腕に、ときには足に込めて地中の根と格闘しながら僕はそう思う。快感なのである。自分は動物なのだと自覚する、それが心地よいのである。こんな仕事をした翌日は、目を覚まし、ベッドから起き上がる時の全身の骨・筋肉の痛みはなかなかのものだが、それもまた快感なのである。作業中、ふと、スコップの刃先に動くものが見えた。小さな蛙だった。そうか、おまえも春を感じたんだな。

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 最も早咲きの梅はもう散りかけている。その一方で、椿が咲き、水仙もいっせいに咲き始めた。明日と明後日は雨模様で、気温もやや下がるという予報だが、我が庭と畑が果樹の花・・・梨、サクランボ、桃、プラム、ジューンベリーなどで埋まる日はそう遠くはない。人間の心とはうまく出来ているネ。殴りつけても割れないほどの分厚い氷が連日のように貯水タンクに張っていたキビシイ寒さの日を、もう忘れかけているのだ。春の喜びに上書きされて、あの辛さがもう消えかかっているのだ。ああそろそろ5時か・・・もうひと仕事やれるな。朝の残りの珈琲を温め直して庭先で飲んでいる時、ふと生け花がしてみたくなった。あるはずの花瓶がどうしても見つからない。じゃあこれで代用だ。目の前に転がっていた如雨露に椿と水仙を差した。いいじゃないですか、中村さん、流派は? もしかしたら池の坊ですか・・・いやいや、そんな、池の坊だなんて。僕は・・・木偶の坊です。激しい労働の合間、たまには風流、生け花だってしてみたくなる・・・我が「人生」のひとコマである。

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 いつもの「野菜だより」は本論と重複するので今回は無しとした。

 

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(2)僕は十種競技
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(13)僕の家族のこと
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(14)独り身の食生活と女性たち
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(16)人生の惑いをゴミ箱にポイするTips集
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(17)「生活」と「人生」
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中村顕治(なかむら・けんじ)

1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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