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田舎暮らしの本 11月号

10月1日(金)
850円(税込)

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8000坪の山で自給生活。6坪の小屋で育む家族の温もり【岡山県美作市】

TJ MOOK『田舎暮らしの本特別編集 山を買いたい!』より
※2020年1月取材時の内容です

山での自給的暮らしに憧れて、全国各地で季節労働をしながら土地探しをしてきた近藤誉さん。そして巡り合ったのは、それまで縁もゆかりもなかった岡山県の沢が流れる8000坪の山林。住まいはセルフビルドした6坪の小屋、ライフラインは自然の恵み。そんな山の中で育まれる家族の暮らしとは?

近藤誉(こんどうほまれ)さん(42歳)
埼玉県鶴ヶ島市出身。大学卒業後、バックパッカーでアジアを回り、その後東京でカメラマンなどの仕事を4年ほどやって、オーストラリアへ。帰国後、田舎暮らしを志し、2014年から山で自給生活。現在は今住んでいる山を紹介してくれた不動産屋での山林整備や物件紹介などの手伝いを仕事にしている。
近藤千里(ちさと)さん(42歳)
兵庫県神戸市出身。2012年、西日本を旅していた近藤さんと京都で出会い、山暮らしを始めるのを機に結婚。現在は専業主婦。
近藤乃空(のあ)ちゃん(4歳)
近藤根生(ねお)くん(5カ月)

 

車が通れない山道の先にある6坪の小屋

「湯郷(ゆのごう)温泉近くの神社に着いたら電話をください」

 今回取材する近藤誉さんに住所を尋ねると、メールの返信にはそう書かれていた。どうやら車のナビではたどり着けない場所らしい。湯郷温泉は岡山県北の美作三湯(みまさかさんとう)のひとつで、中国地方きっての温泉地。その神社は、賑わう温泉街の町外れにあった。

 早速、近藤さんに電話をかけると、「あ、着きましたか。そしたら神社を右に見て道なりに来てください。間もなく二股の分岐があるので、そこは左。そのあと、小さな集落がありますが、それを過ぎると人家はありません。しばらく走ると道端に車が2台止まっているので、そこで待っていてください」

 小川に沿って延びる谷間の道を案内されたとおりに進んでいく。車がすれ違えるくらいの道幅はあるが、交通量はほとんどない。集落を過ぎて1kmほど走ったあたりで路肩がちょっと広くなった場所に、車が2台止まっていた。ここだ。しかし、周りに家らしきものはない。道の両脇は雑木林の山肌だ。と、その山の中から髪の短い男性がこちらにゆっくりと歩いてきた。

「こんにちは。近藤です。うちはこの山の中なんですが、ご覧のとおり車が入れない山道なので、この先は歩いていきましょう。200mくらいかな」

 近藤さんのあとについて雑木林の中に延びる山道を上っていく。足を一歩踏み出すたびに地面に積もった落ち葉がサクサクと乾いた音を立て、清冽(せいれつ)な沢の水が谷をサラサラと流れていく。

「今は木々が葉を落として緑もまばらですけど、春は色とりどりの花が咲いて本当にきれいなんですよ。沢はホタルの生息地で、6月の夜はそこら中にホタルが飛び交います。家にいながら毎晩ホタル観賞ができるって、ちょっとすてきでしょ」

 車を止めた場所からなだらかな坂道を3分ほど歩いただろうか。沢が流れる谷のわずかな平地に板張りの四角い小屋が見えた。窓から女の子が手を振っている。長女の乃空ちゃんだ。

「わが家です。まぁ、家といっても電気も、水道も、ガスもないわずか6坪の小屋ですけど(笑)。昨年秋に長男が生まれて家族が4人になったんで、少し狭くなってきたかな。増築も考えているんですが、山の中で生活していると、毎日やらなきゃいけないことが多くて、なかなか手が回らない。でも、そんな日々こそ、僕がずっと前からやりたかった暮らしなんですよ」

自宅に続く山道。入り口に手づくりのポストがあり、郵便物もちゃんと届く。

小屋の窓から手を振る乃空ちゃん。窓は廃材のガラスを利用した手づくり。折り紙でかわいらしくデコレーション。

テント生活をしていたころから、今も荷物置き場として使っているティピーテント。竹の支柱に防炎シートを覆いかぶせたものだ。

一年中水が枯れることのないきれいな沢が小屋の前を流れている。山を散策すると沢沿いに石垣があり、かつて棚田があった形跡が見られる。

 

理想の土地を求めて、全国各地で季節労働

 埼玉県鶴ヶ島市のごく普通の住宅環境で生まれ育った近藤さんが、今のような暮らしを思い描いたのは、20代後半に訪れたオーストラリアでのこと。

「1年ほどの旅で、最後のころはキャンプ場の手伝いをしながら、そこに2カ月くらい滞在していたんです。オーナーが自分で山を開拓してつくったキャンプ場で、好きなことを自由にやっている生き方に共感したというか、自分もそんなことをやってみたいなと思って」

 帰国後に知人のつてで、半年ほど働いた富士山の山小屋での経験も今につながる。発電機を使用する山小屋が多い中で、そこは基本的に太陽光や風力で電気を賄い、水は雨水を利用。自然エネルギーをフルに活用したライフラインに、やりたいことが、またひとつ見つかったような気がした。

 自給自足への思いが膨らみ始めた近藤さんが続いて訪れたのが、長野県大鹿村(おおしかむら)の「大鹿ふりだし塾」だ。山を開拓して自給生活を送るゲタさんこと大倉寛(おおくらひろし)さんの住まいに居候して、農業や建築などを手伝いながら自給自足に必要な知識や技術や心構えを学べる場である。

「ふりだし塾での経験は大きかったですね。ゲタさんの暮らしを見て自給自足のイメージがはっきり具体化しました。家でも何でもゼロからつくり出せるのがわかりましたから。ここからですね、本気で山を買って自給生活をやってやろうと思ったのは」

 その後は、自給自足の基本になる農業の知識を深めることと、資金稼ぎ、そして田舎とのつながりを持つために、北海道から沖縄まで全国各地を訪れて季節労働に従事。その間に、住みたいと思える場所があれば、そこで田舎暮らしをすればいいとも考えていたが、そういう気持ちになるような土地との巡り合いはなかった。インターネットの物件サイトや競売物件もしばしばチェックし、実際に土地を見に行ったこともある。ただ、ピンとくる物件にはなかなか出合えなかった。

セルフビルドした6坪+ロフト3坪の住まい。総工費は約60万円。隣の小屋はコンポストトイレ。

最も日当たりがいいウッドデッキ。晴れて暖かい日はここで過ごすことが多い。

灯油コンロで調理をする千里さん。乃空ちゃんもお手伝いが大好き。

ウッドデッキの横にある屋外キッチン。厳冬期や悪天候の日を除いて基本的にはここで調理する。調理の熱源は灯油コンロ、カセットコンロ、七輪、ロケットストーブ。

 

電気も水道もない山で7カ月のテント生活

 2014年、オーストラリアで山暮らしの思いが芽生えてから7年が経っていた。そのときも何となくインターネットで物件を探していた。パソコンの画面には、いつもと同じようにあまり代わり映えしないたくさんの山林物件が並んでいたが、その中に1つだけ目をひく物件があった。場所は岡山県美作市。縁もゆかりもない土地だが、足を運んでみることにした。

「それなりの水量がある沢が流れていたのが一番の決め手です。決して広くはありませんが平らな土地があったのもよかった」

 土地は8000坪の山林。価格は220万円だった。

 当時は大阪で炭焼きの仕事をしていたが、山暮らしを始めるのを機に辞めた。そして、2年ほど前に出会い、交際していた千里さんと結婚。

「私も、キャンプとかアウトドアは好きだし、自然の中での田舎暮らしは憧れでしたけど、ここまでのサバイバルは想像以上でしたね(笑)。せめて古民家でしょ。でも、自分たちで創意工夫しながら暮らしをゼロからつくっていくって、やってみるとそれなりに楽しいところもあるんですよ」と、妻の千里さんも納得しての山暮らし。そんな2人を見ていて、誰もがこう言う。「奥様がエライ!」。

 住まいはテント、調理はロケットストーブ、水は沢水、洗濯も沢、風呂は薪焚きの露天風呂、トイレは森の中。そんな生活が約7カ月続いた。季節は夏から冬になり、山には雪が積もった。かねて建築中だった小屋がとりあえず住める状態になったのは2015年1月。長いテント生活が終わった。

「雨風を気にせずに暖房の利いた部屋で布団を敷いて寝られるっていうのが、もうそれだけで感動でしたね」と、そのときの安心感を思い出して、顔をほころばせる千里さん。それもそのはず、当時妊娠3カ月。雪が積もるテントの中で、その日々を過ごしていたのだから。

キッチンの奥がちゃぶ台の置かれたリビングになっている。狭いけど、いつでも家族の体温を感じられる温かな空間。

室内キッチン。沢の水を引いた流しと灯油コンロ、カセットコンロがある。食器類も狭小空間を上手に使って収納している。

家が狭いのでウッドデッキがあるだけで生活空間がグッと広がる。屋根付きで屋外キッチンとつながっている。

キッチンから見た部屋全景。床は廃材の畳。ロフトは寝室になっている。

 

1人で思い描いた山暮らし。今、そばには家族がいる

 山暮らしを始めてもうすぐ6年になるが、600Wの太陽光発電パネルを設置し、晴れた日は洗濯機を回せるようになったことと、トイレに壁と屋根ができたこと以外、テント生活のころからライフラインの変化はあまりない。料理は今もロケットストーブや七輪だし、風呂も空の下。千里さんいわく、その開放感は山暮らしでしか味わえない、とお気に入りではあるが、冬の間だけは湯郷温泉の公共浴場を利用している。

「車で10分も走ればスーパーもコンビニもホームセンターもありますから、生活の便は意外にいいんですよ。大変なことですか? ものを運ぶことですかね。あの山道を歩いてこなくちゃいけませんから。この薪ストーブね、小さいけど鋳物製で60kg以上あるんですよ。背負って運んだんですけど、何でもやろうと思えばどうにかなるんだなと思いました」

 近藤さんがやりたかったのは生活に必要なものをできる限り自分たちでつくること。食料の自給はまだ手をつけられていないが、自宅の建築や自然エネルギーの活用など、ずっと前から思い描いていた暮らしは、少しずつ形になってきている。

「山に暮らし始めてからやること一つひとつが面白い。下草刈りから始まって、チェンソーで木を切り出して薪をつくったり、沢から水を引いたり、最初は試行錯誤するけど、いつも何か新しいことが始まるわくわく感があるんですよ」と話す近藤さん。

 ただ、1つだけ山暮らしで想定外だったことがある。それは、そばに家族がいること。

 オーストラリアで好きなことをして生きるきっかけを見つけ、大鹿村で自給自足の現実を見た。田舎とのつながりを持とうと全国各地を巡り、炭焼きで山仕事を学んだ。そのときまでずっと1人で山暮らしをするつもりだった。でも、妻が一緒に来てくれた。そして家族が増えた。

「いろいろな意味で1人だと、自分の思い描いたものしかできないけど、家族がいると発想に広がりが生まれます。例えばね、何かつくるにしても、私1人だったら、機能だけを考えて見た目は適当になっちゃうんですよ。でも、妻の意見を取り入れると、また違った仕上がりになる。そういうの楽しいよね」

 庭の滑り台は乃空ちゃんの2歳の誕生日プレゼント。暖かい小屋は家族が安心して暮らせる場所。薪をつくるのも、ロケットストーブも、自分の楽しみだけじゃない。この場所で家族と快適に過ごすためのものだ。1人だったらもっと自分の好きなようにできたかもしれない。もっと自由があったかもしれない。でも、1人じゃ笑えない。誰かを心配してやることもできない。家族がいる暮らしは、毎日が笑顔にあふれている。

公道に通じる山道から沢に架かる橋を渡って小屋に行く。小屋の裏には200W×3枚の太陽光発電パネルが設置されている。手前は薪棚。

薪焚きの露天風呂。水を引きやすいように沢沿いにある。風呂釜が雨ざらしにならないように廃材の浴室ドアで屋根を掛けた。

冬の暖房は薪ストーブ。常にやかんを掛けておき、沸いたお湯はポットに入れてストック。寒い冬にいつでも使えるお湯があるとうれしい。

愛猫のさつき。8歳くらい。山の中を自由に駆け回って生きている。

乃空ちゃんの2歳の誕生日プレゼントに近藤さんが廃材で自作した滑り台。トタンを張ってあり滑りもいい。

文/和田義弥 写真/青地大輔

 

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